恋は思案の外 | ナノ

03


 「うおー、こえー、なにこのトリオン量」

 幸いにも、会議中とのことでいなかった鬼怒田に安堵した出水から渡された、測定器で測る。
 やっぱりキリにはなにもわからないが、出水が言うのだからすごいのだろう。

 「そりゃ、近界民がキリのとこくるわけだ。こりゃすげぇ」

 「えーっと? あ、じゃあつまり私も出水みたいに戦えるの?」

 「まー、そりゃ、トリガーさえありゃトリオン切れ気にせずぶっ放せるな、この量じゃ」

 そうしたら、自分の身は自分で守れるかもしれない。

 (・・だけどそうしたら・・きっと、保護がいらないから唐沢のもとから離れーーて何考えてんのよ!)

 ぶんぶん、と頭をふっていると、聞き覚えのある声が響く。

 「あ! キサマは!」

 振り返れば、ずんぐりむっくりな男性がいた。ーーあの会議室にいた人物だ。

 「あーっ! あの時のオッサン!」

 「おいおい、今度は開発室長にそれかよ」

 「は? コイツが?」

 「指をさすな! 指を!」

 「まぁまぁ」

 出水は苦笑いしつつ、鬼怒田とキリの間を置くべくキリの肩を掴んで自分に引き寄せる。

 「フン、キサマのせいでいまごろ唐沢は大目玉をくらっているだろうよ」

 「え・・?」

 (・・まただ)

 その鬼怒田の一言に反応したキリの表情に、違和感を覚えて出水は目を細める。いつもそうだ、彼絡みとなると、キリの表情はとたんにいつもと違う雰囲気になる。

 「唐沢が、なんで・・?」

 「知らなかったのか、唐沢はキサマを返して来いと言われとったんだよ」

 目に見えてショックを受けるキリを見かねて出水は止めに入る。これ以上、そんな彼女を見たくなかった。

 「はいはい、ここまでここまで、お邪魔しましたっと」

 そう言って半ばキリを引きずるように開発室を後にする。どことなく、モヤモヤした感情を抱えながら。





 彼女が静かな時は、だいたい怒っているか落ち込んでいるかのどちらかだ。

 (今日は後者・・か)

 帰宅そうそう部屋にこもってしまったのでこちらには関係ない。そう言い聞かせて唐沢はパソコンで飛行機の座席予約を確認する。
 そして、視界の端で光るものーー会議室から出る間際に、城戸から渡された鍵を手に取り、いつもはキリが占領しているソファに深く腰を掛けた。


 『本部のとある一室のカギだ。そこに彼女を置けばいい。安全が保障されるのならば何も自分の手元においておかなくていいのだから』


 (とことんやるな、あの人は)

 渡すだけ、さっさと渡してあの嵐のような少女から離れればいい。そう思った矢先にキリは今日はなんだか落ち込んでいるのだから渡すに渡せない。
 煙草に火をつけながら唐沢は考え込んだ、その時だった。リビングの扉が開いて、むすっとしたキリが現れた。

 (・・来たな)

 「どうしましーー」

 「唐沢のバカ!」

 「・・は?」

 帰宅早々人の顔もみずに部屋に籠ったかと思えば、いきなり出てきてこの一言である。相変わらずなキリに唐沢はあきれつつ向き合う。

 「なんで言わなかったのよ!」

 「一体何の話で?」

 キリはぐっと何かに耐えるような仕草をしたのちに、吐き出すように言った。

 「あの強面に私を返して来いっていわれてたんでしょ!?」

 強面とは城戸の事か。

 (・・それか)

 「邪魔なら早くそう言ってよ、ましては怒られたとか、バカ!」

 怒れたなど、色々話はねじ曲がってはいるが、言いたいことはなんとなく理解した唐沢は言い返そうとして気付く。彼女は泣いていた。

 「余裕面だし、バカにしてくるし、ムカツクし、唐沢なんて嫌いだ、でも、でも・・」

 そして、まるで小さな子のように泣きわめくキリは小さく震える声で言った。

 「・・でも、こんな私を途中で嫌になって放りなげなかったの、唐沢だけだ・・」

 「・・!」

 そして、キリは再び部屋に帰ろうとする。

 いつも、よく考えてから物事を動かすようにしている。後で取り返しがつかないことにならないように、失わないように。しかし、今回ばっかりは反射だったと思う。

 「な、に」

 ぐっとキリの腕を掴んでこちらを向かせるーーが、勢い余ったキリがそのまま体ごとこちらになだれ込む。その勢いで、唐沢も思わず尻餅をついた。

 「な、なに・・!」

 腕の中にいる彼女は慌てて唐沢の胸板を押して顔を上げようとする。ーーが。

 「・・顔をあげないでいてくれませんか」

 「は・・?」

 自分自身、今、あのいつもの平静を装った顔でいないような気がして、キリを制止する。彼女には、到底見せられなかった。

 「・・あなたをここに置いてあるのは私の意志ですよ、ちなみに怒られてませんから」

 「は・・?」

 怒られていないといえば、ウソになる。忠告されたのだ、これ以上彼女に惹かれれば、溺れるぞ、と。
 ひんやりと手の中で存在感を放つ、城戸から渡された鍵をどこかへ投げる。

 「・・出ていくなんて言わないでくださいよ、また、面倒なことになる」

 (・・心にもないことを)

 人の事をさんざん素直じゃないと言っておいて、と嘲笑する。

 「で、でも、唐沢に・・迷惑・・かける、から」

 「いない方が困ると言ったら?」

 「!」

 返事はない、ただ、キリは唐沢のシャツをきゅっと握る。それで充分だった。

 ーーゆっくり、しかし確実に溺れていくような気はしたが、あがく気も、おきなかった。


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