04
営業帰り、ちょうど高校の近くという事もあって時間を見計らって来てみればちょうどキリが学校から帰るところだった。
隣の二人は確か三輪隊と太刀川隊の一人のはず。うまくキリの傍に配置できたことに安堵しつつ、彼女を見やる。
唐沢の傍にいる時は、だいたい不機嫌な顔か怒っているので同い年に見せる自然な笑顔にあんな顔もするのかと気付く。
(おっと・・こっちに気付いたか)
ぱっとこちらに気付いたキリは、二人に何か言ってこっちに歩み寄ってくる。ーー先ほどの笑顔はどこへやら、こちらをすごい睨みつけながら。
「友達作りは成功しました?」
「うっさい、まだ通学路覚えてないのよさっさと案内しなさい」
「さっきまでとは大違いですね、あの笑顔はどこ行ったのやら」
「・・あんたには絶対笑ってやんないんだから」
ふんっとそっぽ向くキリに、もうこれはお手上げである。
(まぁ、笑ってほしいわけではないが)
唐沢は吸っていた煙草を携帯灰皿に突っ込んで歩き出す。嫌でも傍にいる人間がいつも眉間にシワをよせているのは嫌なだけーーそう、それだけ。
ふと、キリは何かを思い出したように止まる。
「買い物、行きたい。唐沢という荷物持ちいるし」
(荷物持ち・・ねぇ)
上層部の一人に数えられる自分を荷物持ち扱いとはいいご身分である。ーーまぁ、それなりにいい仕事をしている自覚はある。
「今度はカレーよ、カレー。見てなさい、今度こそ唐沢に心から美味しいって言わせるんだから」
ネットで見つけたレシピを見つつ自慢げに言うキリに唐沢は思わず吹き出す。
悪いが、自分は思ったことを口に出すようなタイプではないーーこれは言ったら彼女が怒るので、あえて言わないでおく。
「それはそれは・・楽しみにしておきます」
この時初めて、家に帰るという事が楽しみだと思えるのだった。
その人ごとに適度に対応して適度な距離を取る。それ以上自分から踏み込むことはないし、踏み込ませない。
そうやって生きてきて、知らず知らずの間に器量のよさと引き換えに色んな物を捨ててきたのかもしれない。
鼻歌交じりに鍋をかき混ぜるキリを見つつ、唐沢は煙草を咥えてぼうっと部屋を眺める。
置いてある家具も、部屋も何もかも変わらないのに彼女が来る前までの異様な静寂はなかった。
「・・そんなに作ってどうする」
思わず口からついて出たその言葉に、キリはさらっと返す。
「作り置き。・・お母さんがそうしてたの覚えてる」
なんとなく聞き辛い話題に、唐沢は彼女がカレーを持ってくるのを待ちながら黙る。
「四年前ね、初めて近界民を見てからあれによく追われるようになったの。怖くて辛かったけれど、親にはなにも言わなかった」
でもね、とキリは続ける。
「二年前、それをお母さんに言っちゃったの・・そしたら、お母さんは私を助けようとして・・お父さんにはすごく怒られた。なんで言わなかった、母さんには言ったんだとか、お前がそんなこと言うから・・とか」
暗い話はもうお終い、とキリはカレーを食べる。唐沢も見た目は至って普通のカレーを一口食べる。ーーなるほど、悪くはない。
こちらをうかがい見るキリに、内心苦笑しつつ唐沢は言った。
「美味しいと思いますよ・・・・シチューの時よりは」
ちょっと悪戯心が湧いて、あえて付け足してみる。しかし、向いに座るキリは嬉しそうにーー
(笑った・・)
「まぁね、やればできるの、やればね」
自分の一言で怒ったり喜んだりころころ変わるキリは見てて飽きない。不意に、目の前のキリが不満そうに頬を膨らませた。
「・・何笑ってんのよ」
自分でも気づかないうちに笑っていたらしく、唐沢は慌てて表情を戻す。
「・・いいえ、誰かさんがバカ正直におだてに乗るものですから」
「おだっ・・! あー! もー! やっぱりあんたは気に食わない!」
ぎゃんぎゃん騒ぐキリに、唐沢はクスクス笑う。
本来、踏み込まないはずの一歩を自分が踏み込んでしまったことを、唐沢はまだ知らなかった。
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