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凍えた泪の歌の続き






チェレンに連れ戻されたおかげで先生に数十分にも及ぶお説教を受けてしまった。どうして逃げだしたのかとかもっと自分の立場を自覚しろとか頭ごなしに怒鳴り付けられ、終わった頃には体はくたくただった。ただでさえあの先生は細かくすぐお小言を言ってくるので苦手だというのに。欲のままにベッドに飛び込む。幸い次の予定は昼食を取るまでは何もないので、空き時間は睡眠に取ることに決めた。
瞼を閉じたところで午後に子供が来ることを思い出す。友達になれるかな、沢山話をしたいと期待に胸を踊らす内に意識はだんだんと夢の中へ落ちていく―――はずだった。

コンコンと扉にノック音が響き完全に寝る態勢に入っていたニナは面倒そうに上体だけ起こすと呼びかけた主に扉越しに声をかける。


「誰、何か用なの?」
「お館様がお呼びです。至急いらっしゃるようにと」
「お父様が?何事かしら」


父とは親子でありながら滅多に会話することはなかった。事業家である父は毎日スケジュールに追われていて顔を合わせることなど食事時ぐらいであったため、こうして呼び出されるのは本当に珍しいことだった。訝しみながらも仕方なく身支度を整え父の元へ向かった。



***



「えっと、失礼ですがお父様。もう一度お願いします」


メイドに連れられて着いた部屋は数える程しか入ったことがない貴賓室だった。てっきり父のプライベートルームにでも通されると予想していたので驚き、恐る恐ると部屋に入ると待っていたのは呼び出した当人の父と隣には母。そして少し離れた所に見知らぬ少年がいた。歳はあまり変わらずすぐに噂されていた来客だと理解する。予定より早めに到着していたらしく、時計の針は11時手前を指していた。

なんて、暢気に説明している訳にもいかない。父から彼についての紹介を受けお互いに軽く挨拶を交わし自己紹介をするまでは良かった。問題はその次、紹介が終わった後の父の口から飛び出した言葉だ。


「ならもう一度言おう。彼はお前の婚約者だ」


聞き間違いなどではない。確かに父は言った。彼が、トウヤが、自身の婚約者であると。あまりの突然のことで驚きを隠せずみっともなく口はあんぐりと開いたまま。
お嬢様として生まれた時からある程度の覚悟はしていたが、それでも何処か他人事のように考えていたし何より結婚だなんてまだまだ先のことだと思っていた。
元々そのつもりで来たのだろう。トウヤは依然として表情を崩さずただその場に立っていた。


「今夜のパーティーで正式に発表するからそのつもりで来るように」
「お、お父様!あまりに突然ではありませんか!?私はまだ結婚など…!」
「もう決まったことだ。今更取消などできない」


助け船を求めるように母を見つめたが母は笑うだけでどうかしようとするつもりはないらしい。寧ろこの状況を楽しんでいるかのようだ。何処にも味方はいない。ニナにできた行動はただ呆然と立ちすくむだけった。

その後、父は本当に用件のみ伝えるだけ伝えてさっさと部屋を出ていき、母もそれに続いてトウヤもまた今夜にと会釈をして出ていき部屋に一人になったとこまでは覚えているが、自分がいつ部屋に戻ったかは覚えていない。午前中だけで一日の気力を使い果たしてしまいとてもパーティーなど出る気分ではない。

ベッドにうつ伏せになりながら思い出すのは、先程少ししか顔を合わせていないトウヤのこと。あたしの、婚約者。どうせもう結婚からは逃れられないのだ。せめて優しい人であってほしい。








消えない魔法


20120510 / 空想アリア
















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