戦争が始まった。
今まで普通に授業をしていた学校も、皆さんには明日からお国のために働いてもらいます、と言われた。
今まで見たこともなかった黒い大きな鳥が都心部を攻撃してくるようになり、それは日に日に増え今では、私の住む田舎でも都心部に向かう忌々しい奴らが空を穢す。
「ただいま」
「ああ、おかえり。明日からあなたもお国のために働くんですってね」
頑張るね、なんて言葉を返して荷物だけ置くと、、私はまた外へと踵を返した。
きっと家に入れば明日のことをとやかく言われる。
家から少し歩けば小さな川が流れる椿の並木道がある。
今は離れて暮らす幼馴染たちと小さい頃はここでよく遊んだ。
「総司、今頃なにしてんのかな…」
「んだよ、俺のことは気にかけねぇのかよ」
何年聞いてなかったんだろう、ひどく懐かしい声がして、振り返ればようっ、だなんて何年も会えなかった恋人にかける言葉とは思えない言葉が返ってきた。
いつ帰ってきたの?大学は?聞きたいことはいっぱいあったけど、彼を見るなり私は喋ることもできなくなった。
「どうしたんだよ、わざわざ夜汽車に乗ってまで会いに来てやったのに」
「…そ、その服……」
この村からもう何人も誇らし気にそれに身を包み汽車に乗る青年を見てきた。
水筒を必要最低限の物が入ったリュックサック。
彼もそんな青年たちと同じ服に身を包んでいた。
「土方歳三、お国の為にこの命を尽くす時が参りました」
「…あぁっ、なんでっ、大学は徴兵猶予が…」
「医学部は軍医に、理工学部は戦闘機を、でも文学部はなにも意味がないらしい。文系に関しては猶予は廃止なんだと」
「そんなっ…いきな……り」
「そういう時代なんだ、仕方ないだろ…ほら」
プチっと小さな音を立てて歳三さんは兵服のボタンを取った。
「何よ、ボタンなんて…」
「心臓、はお国の物だ、だからその一番近くにあったやつ」
俺の心はあなただけの物です、だなんていつもの歳三さんだったら口が裂けても言わないのに、そんなこと言われたら、余計受け取り辛くなる。
「……っ、」
「心はここに置いてくから。お前の側に…さらの一番近くに」
俺の無事を祈ってくれ、と無理やり渡されたボタン。
行かないでなんて言えなかった、歳三さんはもう覚悟してるんだ、笑顔で送り出さなくちゃ。
「…さら?」
「……頑張って、頑張ってお国の為に、その命使って下さい」
「…あぁ……」
「私は、…私はっ、あなたから貰ったこの心で生きて行けるからっ…大丈夫だからっ…」
どんどん歳三さんの顔が歪んでいく。
歳三さんも眉間に少しだけ皺を寄せて、短く返事をして、私を抱きしめた。
帰ってきて下さい、返して下さい、私にはこの人だけなんです。
第二ボタン
この想いがせめて来世で結ばれますように