「…ねぇ、左之さん。遅刻するよ」
「わかってる、わかってんだけどよ…」
なかなか離れられない。
8ヶ月になった名前の腹は、出会った頃と比べて遥かに大きくなった。
胎動ってやつが活発になって時々名前の腹を蹴るらしいが俺はその時々にまだ遭遇してない。
毎朝毎晩、その時々に巡りあうために名前の腹を撫でるのが最近の日課だ。
「なんだろうね、二人でいるときはよく動くんだけど…左之さんかっこいいから緊張してんじゃない?」
赤さんにまで色目を使うとは!なんて可愛い顔して言いやがって…
顔が赤くなる前に名前の腹から離れて玄関へ向かった。
「いってらっしゃい、左之さん」
「おう、今日はテスト返却だけだし、早く帰ってくるよ」
名前はいつもやらなくていいっていうけど、ゴミを持って俺は家を出ていく。
ゴミ置き場にゴミを置けば、駐車場へ向かう。
今までは電車通勤だったが、名前が8ヶ月になったこともあって、いつ何があってもとんで行けるように車で通勤することにした。
「ったく、ついこの間学期末やったと思ったらもう、学年末テストも終わりか…」
短い冬休みも殆ど剣道で埋まり、学校が始まれば来年の3年に向けて指定校やらAOやらの学校周りと資料作り。
気が付けばもう春はすぐそこだ。
俺達の子も4月には産まれる。
そう、名前の子であり、俺の子だ。
「ぜってぇ、可愛いに決まってんな」
信号待ちで小さくニヤついてたら、コンコン、いや、ゴンゴンと助手席の窓が叩かれ、そこには「乗せろ」と口を動かす新八。
「いやー、わりぃな!チャリパンクしちまってな!気合で歩こうと思ったんだけどよ、俺まだテストの採点してねぇんだよー」
助手席に乗り込んだ瞬間からべらべらと話し始める。
俺はなんとなくかけてた音楽を止めた。
「最近どーよ、名前ちゃんは」
「腹がだいぶ大きくなってきたな。まぁ名前は元気だよ、有り余るほどに」
冬休みの稽古のあと、事情を全て話して以来、こうやって時々名前の様子を聞いてくる。
心配してんだろうな、なんて思うからなんでも俺も包み隠さず話す。
「そっか、そっか。でも良かったよ」
にかっと効果音がつくんじゃないかっていうような笑顔で俺の肩を叩いた。
「そうだな、後は無事に生まれてくることを祈るだけだな」
「いや、そーじゃなくてよ」
ちゃんと愛してんだなって思ってよ、新八は自分のことように微笑んだ。
「事情を聞いたときはそりゃ、馬鹿か?って思ったけどよ、今のお前見てると、名前ちゃんのこと、ちゃんと愛してんだなーってよ」
「…当たり前だろ、愛してるよ。名前以外が嫁さんなんて考えられないし、考えもしないな」
満足げに新八は大きく頷いた。
職員口の前で降ろしてやる。
呑気に鼻歌なんて歌ってちんたら歩ってるあいつの頭にはもう採点のことなんて頭にないんだと思う。
帰ったら名前に報告しないとな。
愛してるって。