エレクトロニカ


「グッモーニンエブリワン、ザッツショータイム! ライオット・レィディオのお時間だ! お相手は勿論あなたのお耳の恋人、ショックジョックのDJコズモで御座います! さぁ今日もいってみようか、まずは悩めるティーンからのお便りだ! わお、遠いな……南小紋島のカネシロちゃん、センキュー!

『グッモーニンDJコズモ、なけなしのお小遣いで都会のQM放送を受信できるチューナーを購入し、楽しませてもらってます。私の住む南小紋島は、いっそファンキーなレベルでド田舎です。電車も空港もなく公共交通はバスとフェリーだけ、ショッピングモールも映画館もカラオケもゲーセンもコンビニもカフェもありません。真っ青な海に囲まれ、潮と家畜の臭いが漂うだけの島です。何もありません。どうしたらこんな場所で、刺激的な毎日を送れるんでしょうか? 私は都会で暮らすあなたがうらやましい。私はあなたになりたいです』

……ナルホド、俺も田舎出身だからカネシロちゃんの気持ちは痛いほど分かるよ。なぁんて簡単に言ったら怒るよな! 君が見えているところより、世界はもっと広いんだ! とか説教垂れるうんこみたいな大人ってたくさんいるけど、実際問題10代そこそこの生きる世界なんて閉塞してんだよな。田舎が不満ってだけじゃなくてさ、カネシロちゃんはもっといろんな悩みを抱えてんだろ?

いや俺の妄想だけどさ。地元を愛せとか耐え忍べなんて言わないよ。好きなだけディスって漠然と都会に憧れればいい。今すぐにはこっちに来れないだろうけど、その気持ちはデカいエネルギーになる。

君が思ってるようなモンがこっちにあるって保証はできないが……思い続けろ。感情の力ってのはスゴいぜ。インスタントな刺激よりもソレが大事だ。気の利いたアンサーなのかコズモ的にちょっと怪しいな、ともあれ俺は君の味方だ! カネシロちゃんに熱いハグとキスを! 小紋牛の糞踏むなよ!」

 神様からのレスポンスに歓喜の悲鳴……を心の中でぶちまけ、布団の上をひとしきり転げ回った。最初の1曲を聴きながら制服に着替え、惜しみつつラジカセの電源を落とす。
 学習机に備え付けられた引き出しの1番下、上の2段とは違い大きなものを収納できるスペースにラジカセをつっこみ、使い古したバスタオルを被せ、もう読まない雑誌を数冊乗せてから引き出しを閉じる。唯一鍵がかかる場所がここでよかった。

 私は間違ってなんかいないのだ、その最たる証拠にDJコズモが私の味方だ。 彼の言葉を頭の中で再生させながら、庭(というか畑)に面した長い廊下を抜ける。
 桜が散る風景の向こうで、父が畑の手入れをしていた。父とはあまり会話をしない。内地に咲いている桜は、この島の品種よりも小ぶりで色が鮮やかだということは、小学生の時に図書館の図鑑で得た知識だ。天気予報なんかで都会の桜の様子が映るらしいけど、うちにはテレビなんてない。

 ただただ清潔なだけの殺風景な居間では、母がひとり黙々と朝食を摂っていた。
「おはよう」
 声をかけても返事はない。母もまた、必要最低限のことでしか私と言葉を交わさないのだ。
 この家でただひとり、アットホームでハートウォーミングなふれあいをしてくれるおばあちゃんは趣味の狩猟に出かけている。彼女は毎朝、陽が昇るより早く起き、朝食を済ませ、銃を担いで家を出ていく。

 本日の金城さんちのモーニングメニューは白米、大根のお吸い物、夕飯ののこりのほうれん草のお浸し、たくあん。毎朝お腹ぺこぺこの女子高生にとっては、ヘルシーすぎて逆に不健康な食事に見える。だって大根がふたつあるよ?バターたっぷりのチーズオムレツとか食べてみたいんだけどなあ。市松町の大通りに、オムレツが有名な食堂があるんだって。コズモが言ってた。

「みのり」 呟くような呼びかけに顔をあげると、母はたくあんで茶碗の米粒を取りながら、やはり呟くように言った。
「食事中に訳もなくニヤニヤしないで。はしたないわ」
「……ごめんなさい」
 無意識だった。つり上がってくる口の端をおさえつけて黙々と食事を済ませ、たいして泡立たないスポンジで洗い物を済ませて玄関を出る。

 空と海ばかりが鮮やかで、四季を問わず強い朝の陽射しを潮くさい風が掻き乱す。背の高いさとうきびに囲まれた道を歩きながら、DJコズモの言葉を何度も頭の中で再生させる。そしてすでに、彼からの新しいレスが欲しくて仕方がなかった。
 どんなお便りを送れば、また彼の返答を得ることができるのだろう? あのサイケデリックでちょっとダサいけどサイコーにイカしてる、憎めない私の神様の脳みそに電流を流す術は? ……よしよし、現実的に考えよう。まず第一に、いちど採用されたぐらいで調子に乗ってはいけない。

 ライオット・レィディオ、もといライオットラジオ(DJコズモが勝手に変なイントネーションをつけている)は長寿番組、放送開始当時からの根強いファンも少なくない。実際、お便りコーナーの常連リスナーとして何人かのラジオネームを記憶している。彼らはまるで、DJコズモの友達のようで羨ましい。
 数撃ちゃ当たる精神で、とにかくお便りを送りまくり、DJコズモよりも先に番組スタッフの目にとまる必要がある。お便り係さんのセンスや好みにも左右されると思うけど、大前提として第三者が聴いてもわかりやすく面白い話題を提供しなければならない。
 そして、当たり前オブザ当たり前なのだが、DJコズモはみんなのものであって私だけの神様じゃない。お便りへの返事があっても、送り主個人への言葉ではないのだ。
 私だって知らない誰かの愚痴や相談に対する彼の真摯な返答に、私に宛てられたものではないと知りながら勝手にときめく。言葉を盗む。

 砂糖黍を大量に積んだ軽トラックが、雑な運転で狭い道を通り過ぎる。カタカナの長い名前をした、空を飛べない鳥が地面をつついて虫を食べている。そして何故か道端に小紋牛のうんこが落ちている。なんて島だ、オーガニックにも程があるぞ。って言っても私はこの島から出たことないんだけどね、爆笑。
 真っ黒で重苦しいロングヘアを高い位置でひとつに括り、白地に濃緑の一本線が入った半袖のセーラーブラウス(冬服はない)に紐みたいなしょぼいリボンタイ、膝より短くすると校門をくぐれないプリーツスカート、くるぶし丈の靴下に学校指定の運動靴。どう頑張ったって田舎のイモ女子高生だ。

 そんな出で立ちで島を闊歩して3年目、今日は始業式だ。
 暦に関係なく暴力的な陽の光が射す校庭に、桜の花がぼとぼと落ちる。小紋桜は1輪が手のひらサイズ、椿みたいに首からもげるので不吉がられているけど、生命力はゴキブリ並みだし繁殖力はネズミ並みだ。そこらじゅうにうじゃうじゃ木が生えてる。
 内地の学校なら毎年春にはドキドキのクラス替えがあるのだろうけど、島唯一の高校は1学年1クラス、人数は多くて20人。しかもほとんどが小1から代わり映えしないメンツでほとほと嫌になる。あと1年も我慢すれば、みんな就職したり島外に進学したりで散り散りになるだろう。……はたして私に関係あることなのか、なんて。

 迷信とか怖い話とか変な風習とか、信じる必要はない。私はDJコズモの言葉だけを聞いていればいいのだ。彼の言葉は、いわば私にとって砂糖で塩で油で、身体によくない。すごくジャンキーだ、ちょっと欲しかっただけなのに、今じゃ彼に救いを求めてる。

 50人いるかいないかの体育館の壇上でセートカイチョーがなんか喋ってるけど、一体何人がまともに聞いているのだろう? 彼は明日の入学式でもクソどうでもいい祝辞を述べる。こんな小さな社会の中で与えられた役職にアイデンティティを感じてるのが見え透いてて、なんでか私が恥ずかしい。
 まあ、満たされてるならいいんじゃない? って思うんだけどさ、キラキラしてるの見てると腹が立つっていうかなじりたくなるっていうか、まあ、アレだ、負け惜しみっつーか……惨めだから考えるのをやめよう。

 私たちのクラスの担任は、内地から赴任してきた新しい先生になった。
 ムキムキってほどじゃないけどしっかりした身体つきで、短い髪の毛をワックスで立てて栗みたいな形しててウケる。ジャージで現れたから体育教師だろうなって思ったらその通りだった。
 でもメガネかけててフツーに賢そう、暑苦しくはない。いかにもこの島の大人に好かれそうな清潔な青年ってかんじだ。

「はじめまして、今日から皆さんのクラスの担任をさせて頂く宮原です。僕はですね、内地の越格子州の出身で地元の高校で働いてたんですが、旅行で訪れたこの島に惹かれてしまって……何より自然が美しいし、食べ物が美味しい! 空気も澄んでて光化学スモッグとも無縁だ。みんな知らないでしょ? いやいや、バカにしたいわけじゃないからね! で、昨年度で定年退職された松川先生に代わって、みなさんの高校生活最後の1年を一緒に楽しく過ごしたいと思います。島のこともこの学校のことも知っていきたいので、みんなも僕の先生になって下さい。よろしくお願いします」

 何もやましいことなど抱えていないとでもいうような、さわやかな笑顔で述べられた挨拶に、生徒たちは拍手で応える。
 中年と年配の教師ばかりばかりのこの学校じゃあ、内地からやって来た若く親しみやすそうな宮原は、さぞ田舎のイモくさい高校生の注目を浴びるに違いない。
 クラスメイトたちは、隣や前後の席で何やらひそひそと囁きあった。誰も彼もニコニコして浮き足立ってて、おめでたくて何よりだ。どうせ世界も未来も全部、こいつらのために在るのだ。私は悲劇のヒロインだったとしても、なんていうか役どころがお粗末だと思う。

「はい、静かに! 出席を取ります。よし、じゃあ名前を呼ばれた人から順番に、先生にひとつ質問をして下さい。できる限りなんでも答えるよ。僕からも1人ひとりに質問をさせてもらおう。じゃあまず、藍沢さなえさん」
 出席簿を手に、宮原が厄介なレクリエーション点呼を開始する。

「カノジョはいますか?」
「あはは、残念ながらいません。この島で良い出会いがあるといいな」
「好みのタイプは?」
「うーん、明るくてお喋りな人が好きかな。先生は口下手だからさあ……ちょっとみんな、もっと別の質問してよ」
「えー、じゃあ、趣味はなんですか?」

 宮原のフランクな応対に、教室は和気あいあいとした空気になっている。次は私の番なのだけれど、特に聞きたいことなんてない。変化球を投げたところで同級生からよくわからない敵意の視線を浴びるだけだろうし「好きな食べ物はなんですか?」とかでいいや、と思いながら名前を呼ばれるのを待つ。

「趣味はねえ、やっぱり身体を動かすのが好きで毎朝ジョギングしてます。あとは野球とかサッカーとか、実況中継をラジオで聴くのが好きなんですよ。中継のおじさんが喋ってることから試合の様子を想像するのが楽しいんだ。テレビとちがって仕事やりながらでも聴けるしね」

 ねえ今ラジオって言ったよね? 野球もサッカーも、夕映放送が各スポーツ連盟と独占契約を結んで中継している。否が応でもドキッとしてしまい、校庭をぼんやり見おろしていた視線を宮原に移した。

「じゃあ、カネシロミノリさん」
「はい」にこにこ顔の宮原と目が合う。
 同級生たちの妙な連帯感でもって、ほのかな好奇だけをのこし教室が静まり返る。何も分かってないのは宮原だけだ。
「カネシロではありません。キンジョウミノリです」
「失礼しました、金城みのりさんですね。珍しい苗字だね」
「先生は、夕映放送のライオットラジオをご存知ですか」

 私の問いかけに、何人かの同級生がこちらを振り返った。怪訝そうだったり驚いていたりして、ひとりずつに睨むでもなく視線を投げ返すとそれが解除の合図であるかのように前に向き直る。なんだお前ら、私のこと原始人かなにかだと思ってんのか? いや原始人に謝れよ。よくわかんないけど。

「ライオットラジオってアレだろ!? あのコズモとかいう変なパーソナリティーの……時間が時間だから先生は聴けないんだけどさ、夏休みとか休暇中は聴いてるよ。夕映放送に周波数合わせたままだから、その時間にラジオつけると流れてるんだよね。金城さん、ラジオ好きなんだ?」
「……まあ、はい、それなりに聴きます」
「そうなんだ。周りにラジオ聴いてる人なかなかいないからびっくりしたよ」
「私もです」
「しかしこの離島で夕映放送ねえ、イイじゃん。いや何回も言うけど田舎イジりとかじゃないからね」
 宮原はそう言い、他の生徒にそうしたように私に笑いかけた。

 島外から来た人に肯定されたからか、ライオットラジオのリスナーに出会ったからか、いやそのどっちもを大筋で認めざるを得ないんだけど、南小紋高校3年1組金城みのりとして、ただのラジオ好きの女子高生として、この教室の中に正しく収まっているのだという気持ちが、すごい勢いで押し寄せてきた。
 飢えに飢え干からびまくった承認欲求があっという間に満たされてしまったのを、否が応でも自覚する。お恥ずかしながら私は、ニヒルでストイックなハードボイルドガールになりきれない。フツーに喜んでしまう自分がフツーすぎて面白くない。でもフツーすぎる脳味噌を持ってるフツーの女の子なんだからフツーに存在してていいんだよね? そういうことにしておこう。
 クラス全員の点呼と明日からの行事や授業のスケジュール確認が済むと、今日はもう下校だった。

 わざとゆっくり荷物をまとめ、リップクリームを塗ってみたり、鞄の中を整理するふりをしながら、同級生たちが帰るのを待つ。 宮原は教卓で何やら書類に目を通していて、まだ職員室に戻りそうにない。ほとんどの生徒が教室から出て行ったのを見計らい、ちょっとどきどきしつつ宮原に声をかけようと……したところ、クラスでいちばん頭の中に何も入ってなさそうな女子グループがキャッキャ言いながら宮原を取り囲んだ。
 そのうちのひとりと一瞬目が合ったけど、何事も無いように目を逸らして私は教室を立ち去る。なんていうかな、アレだな、アレだ……。

 いつもより速足で帰路につく。同級生の視線から逃げるように、あるいは浮足立った自分の凡庸さを振り払うように。
 それでも、玄関先にうさぎの毛皮が干されているのを見つけると、掻き乱れた気持ちはまたポジティブに振り切れた。春の昼間のほがらかな空気と、死んだうさぎの生臭さが鼻の奥で混じる。

「おばあちゃん、ただいまー!」
 靴を脱ぐよりも早く呼びかけると、質素な平屋を私の大声が抜けていく。
「おかえり! 今日は早いねえ!」
 おばあちゃんも負けじと張りのある声で応えた。靴下で廊下をスライディングし、居間に入る。
「始業式とホームルームだけだったから」

 おばあちゃんは卓袱台の前で胡坐をかき、うさぎ肉の煮込みを猛々しくかっ食らっていた。砂糖と肉の脂身のにおいが居間にこもっていて、いつも通り「みのりも食べるか」と尋ねられたけど首を横に振る。ぶっちゃけ唾液の分泌が止まらないんだけど、だってうさぎじゃん。

「あのね、担任が内地から来たあたらしい先生になったの。宮原先生、若い男の人」
「こっちの先生はみんなヨボってきたからね。いい先生になりそう?」
「フレンドリーなかんじで早速みんなにウケてるよ。それはそうとね、聞いて、その人ね……」

 万が一、母の耳に入ってはひとたまりもない。手づかみで骨についた肉にしゃぶりつくおばあちゃんの耳に口を寄せて、小声で言う。
「私が好きなラジオ番組を聴いてるんだって、びっくりした」
 骨を口にしたままのおばあちゃんがこちらを見やる。赤みを帯びた彼女の指先から、ぼたぼたと肉汁が滴った。
「へえ、そう。よかったじゃないの」
 そう言って私に笑みを向けてから、ふたたびおばあちゃんはうさぎ肉にかじりついた。彼女がもっと別の何かを言いたいことは私だって分っている。嬉しそうに話す孫の表情を曇らせまいと必死なのだ。なんて、邪推する私も不躾だな。何せ“時期”とやらが迫っている。

「その宮原先生ってのはオトコマエか?」
「ううん、べつに、ていうか全然」
「みのりも素直じゃないねえ」
「そういうんじゃないし! てか見もしないで分かんないでしょ、おばあちゃん」
くだらない会話をしていると、居間のガラス戸を力強く開き、ばしん! と叩きつけるような音を立てて母が現れた。

 母は、私を見る時だけの、私を制圧するためだけの視線でもって私を見やる。
 睨む、なんて力の入ったものではない。きっと彼女の両目と脳味噌が私を鮮明に認識すればするほど、彼女の骨や血や肉が穢れるのだ。だから私も目を合わせない。

「もっと静かに帰ってきてよ、耳障りなのよ」
「ごめんなさい」
「誰もあんたの声なんか聞きたくないんだから」

 母の口癖だった。私の中には母からの罵詈雑言を収集するための掃きだめがあって、いくつもいくつもうず高く積まれているのが、その台詞だった。
「母さんも早く片付けてよ。言ったでしょ、今日はうちで自治体の会議なの。換気もしないと」
「はいはい、ごめんねえ」
 それだけ言うと、母は卓袱台の上に書類を放り投げて居間から出て行った。書類の束のいちばん上、南小紋新聞の今日の朝刊一面の見出しは「農業生産量低下 異状気象の影響か」。おばあちゃんは新聞をひっくり返し、スカートの裾を握りしめている私の手に自分のしわだらけの手を乗せる。

「みのり」

 おばあちゃんが呼びかける3文字たらずのその名前は、私たち金城家の人間、いや、この南小紋島にとって、呪いであり祝福であり、神様だった。
 そんな壮大でSFファンタジーみたいな設定が私に科せられている。それを他人事のように思ったり、現実に降りかかる災厄として認識するのを繰り返している。

「あの子があなたに冷たく当たってしまうのはね、その……」
「大丈夫、わかってるよ。平気だよ、今更そんなん気にしてないし、そりゃあヘコむけど、いいって。もう食べ終わったでしょ? 私も片付けるよ」
 片付けを手伝って居間の窓を開けて、自治体の人たちが来る前にそそくさと部屋へ引っ込んだ。

 いよいよ現実味を帯びてきた。いったいどうしたものか、と首を傾げても、どうするもこうするもなす術もない……なんて言いたくない、なんて言うのも「現実」を受け入れているような気がしてみじめだ。
 もういっそ、本当のことを書いてDJコズモに本気の救難信号を出すしかないんじゃないか。しかし本当のことを書いたって、ラリった田舎者の妄想だと鼻で笑われてゴミ箱にポイされるに違いない。私がラジオ局の人ならそうする、ありえなさすぎてウケるもんマジで、オカルトもいいところだ。

 居間に集まった自治体の人たちの、無遠慮な会話が断片的に聞こえてくる。時折、笑い声さえ起った。
 耳をふさいで部屋の隅にうずくまって、ライオットラジオのオープニング曲のメロディを適当に歌う。私の神様からのお告げを頭の中で何度も何度も何度もエンドレスリピート、鳴りやむことは私が許さない。大丈夫、私が信じたものだけが私のただしい世界だ。ぐらつくな、あの男の声だけに耳をそばだてろ。



「あの男、今はあんなんだけど……若い頃はサッカーの実況中継とか食レポとかやってたんだよ。俺が中学生ぐらいの時だな。そういう仕事を重ねるうちにあのキャラの人気が出てきて、彼に喋らせて聴取率を上げたいがために誕生した番組がライオットラジオなんだ。知らないでしょ?」

 私はタイミングを見計らっては、たびたび宮原と話をした。
 担任ではあったけれど、基本的には彼の担当である体育か保健の授業と、ホームルームぐらいでしか顔を合わさない。そのうえ、同級生だけではなく、他の生徒からもあっという間に人気の教師になり、いつだって宮原の周りには人がいた。

 DJコズモしかり宮原しかり、そういう才能を持っている人っているのだと思う。そんな奴らの傍ら、私は生まれながらにして人を寄せ付けない才能、というか不吉な条件が揃い踏みの貧乏くじを引いてしまった。まったく世の中不平等である。
 私はひとりのリスナーで、ひとりの教え子にすぎない。悔しさを感じながらも、私はその立場に甘んじていた。彼らの取り巻きでいる時だけ、私は私を承認してあげることができる。

「……そう、金城はよほどコズモのことが好きなんだね。君たちぐらいの年齢の時は、妄信できる芸能人のひとりやふたり、必要なんじゃないかなって俺は思うよ」
「先生は今、好きな人とかいないんですか……いや、あのそういう意味じゃなくて、アーティストとか」
 無駄に取り繕って逆に意識してしまい、目が泳いだ。教卓に乗せた手がじっとりと汗ばむ。
「そうだなあ、いるにはいるけど真剣に追っかけてるわけじゃないし、ひいきの選手もいないよ」
「そうなんですか」
「そういうのって趣味の一環じゃん。熱意が冷めたり、お金が無くなったり、他にもっと有意義なことを見つけたらどうでもよくなっちゃうし、俺は誰かにのめりこんだことって無いな。ハマってる間はいいけど、飽きた時がねえ」

「はっ? えっ、いや、あの」
 ぽかんとしてしまった、というか、マジで理解できなくて脳味噌がクエスチョンマーク総柄になる。シュミはシュミかもしれないけどさ、なんていうか、無くちゃ人生やっていけなくない?
「飽きるとか、そういうのじゃなくないですか、私は彼に一生ついていきます」
 宮原のまぶたがわずかに持ち上がる。すでに南小紋の陽射しで浅黒くなった肌の上で、彼の両目はぎょろりと際立って見えた。
 そして他の生徒にいつもそうするように、さわやかな体育教師の笑顔を浮かべる。
「はは、そうか。べつに俺は金城のことを否定したい訳じゃない。そんなこわい顔しないでよ」
「……そうですか。私も先生を責めたいわけじゃないので」

 きっと宮原は、私のDJコズモへのリスペクトを、他のクラスメイトがアイドルとかに言う「結婚したい」と同じぐらいに思ってる。ぜんっぜんそんなんじゃないのにな。誤解されたり否定されたりするのは慣れっこなのに、なんか受け流せない。

「金城はさ、将来何になりたいの」
「はあ? 何言ってんの?」
「えっ、何って」
 うわ、まずい。だってびっくりした、生まれてはじめてそんなこと聞かれた。フツーの人間やってたら比較的早い段階で投げかけられるらしいその質問を私が受けるとは思いもしなかった。取り繕い方が分からない。

「ごめんなさい、違います。そんなこと聞かれると思ってなかったから、えっと、あの、すみません」
 笑顔はそのままだったけど、流石の宮原も困惑気味だ。放課後の教室、窓から入ってくるほのかに家畜と潮のにおいが混ざった生ぬるい空気と、不規則に点滅する頭上の蛍光灯に頭がくらくらする。

「考えたことないです。あの、家のことがあるから」
 言わせないでほしいし、自分にそんなしがらみ気にするなと言い聞かせても、結局言い訳として表出するのがそれであることが情けなくて仕方ない。
 ていうか外から来た人間にどう説明していいかわかんない。すでにだいぶ挙動不審で爆笑だ。

「そう。詳しくは聞かないけど難しいんだな。でも、金城には都会やコズモへの憧れがあるだろ」
「島の外なら、何でもある気がします。田舎のクソガキの妄想ですけど」
「上等だ。いいね、俺はそういうの大好きだよ」
 宮原の手が、私の肩に乗る。熱かった。何かの印を焼き付けられる心地だった。

 宮原みたいなフツーの、健康的で市井の人で内地からやって来た人間に肯定されるのがめちゃくちゃ嬉しかった。
 彼はどの生徒にも分け隔てなく接し、“いい先生”像そのものに見えた。 しかし、私だけに特別なまなざしが注がれている。ジカジョーで元々だ、それがどういうものであるかはさておき、他の生徒とは異なる、ということを彼は悟り始めていた。

 南小紋島純粋培養の、小麦色に肌がやけた子供たちと私は根本的に違う。金城みのりは何にも侵されない、なめらかな身体を有している。金城みのりは金城みのりにしか成れない。
 高校を卒業したら、それまで頭の中にしか存在しなかった内地の都会に出て、オシャレして街歩いて恋人もできちゃうかも、なんて綿菓子よりふわふわですかすかな夢を見てる田舎者と同じ括りにされてたまるか。
 私は金城みのりだ。宝くじの一等を当てるよりも稀有で数奇な運命によって、金城みのりになった。神様があみだくじとかで適当に決めて私になった。

 金城みのりを金城みのりたらしめている総てから、唯一はみだしているのは精神だけだった。島や家族や身体から離脱したそれは、電波をジャックして世界中に生霊を飛ばせる。いくら名前が追いかけてきたとしても、だ。
 宮原はきっと、その助走に気付いたのだ。目の前をちょっと通り過ぎただけだし、本質的なことには気づいていない、それでいい。

 私はラジオのスピーカーからふきだす、目に見えないキラキラの粉になりたい。曖昧でいいから、なんかよくわからなくていいから、その閃きにハッとしてくれ。髪とか腕とかに貼り付いて、うまく剥がせないことに気付くのはそのあとでいい。

 ……でも、離島の田舎者に甘んじている、誰よりもふわふわですかすかな奴は私だったのかもしれない。

「今日はみんなに言わなきゃならないことがあるんだ。下手くそな寝起きドッキリとかじゃないぜ……はは、もったいぶるのもスマートじゃないな。1回しか言わないから、正座してちゃんと聞いてくれ。
長いことお世話になったこの番組ですが……今年一杯でわたくしDJコズモはジョッキーを卒業します。
突然の報告でビックリだろ? 目が冴えたろ? だと嬉しいな。いやあ、コズモもすっかりおっさんになっちまったんだ。声が出なくなるまで君達のお耳の恋人でいたかったんだけどさ、このライオット・レディオがフレッシュでキャッチーでバーニーングな存在であるためには革新が必要だ。俺もスタッフもお偉方も全会一致、リスナーのみんなは不満かもしれないが……惜しまれるうちに去るのが華ってモンだろ?
何より俺は、この番組の力を信じてる。とかいうとクサいし、こうして懲りずに、今日も早朝から周波数を合わせて聴いてくれてる君たちを信じてるんだ。信じるってことは美しいような気がするが、俺がいつもこうやって一方的に喋って、誰に宛てたわけでもないのに、君たちからレスポンスがくる。そういうことだと思う。で、何が言いたいかってのは……」

 ぱちん、と指を鳴らす音がした。
「公募でリスナーの中から次期ライオット・レディオのパーソナリティを決めることにした。喋りはもちろん、この番組がリスナーにとってどういうものであるかいちばん理解している君に頼みたい。詳細は追って発表しよう。それじゃあ改めて、本日の1曲目は……」

 どういうことなのか、さっぱり分からなかった。脳味噌の中に修正液が溢れ出して、何もかも真っ白になっていくように眩んだ。
「え? は? 何? うそでしょ? は? 」と動揺が口からダダ漏れだ。 それでも私は金城みのりをやらなければならない。いつもどおりを装って朝食を食べ、いつもどおりを装い、通学路をよろよろ歩いた。
 照りつける太陽のせいではない、妙な汗が身体のあちこちから噴き出てくる。寒いような暑いような、ひりりとした感覚にくまなく覆われた。スニーカーの靴紐がほどけているのに気づかず、踏んづけてすっ転んだ。アホすぎる。

 半泣きで制服と膝の砂を払い、とぼとぼ歩き出す。 一日中上の空だった。授業を受けても何も頭に入ってこない。DJコズモの声を聴けなくなる、という私の人生における最大の喪失が、重く重くのしかかった。
 どうしたらいいんだろう、どうにもできないはずない、この情熱を無下にできない。

「君には、いや、国民にすら僕の女王様への敬愛の情は理解できない。誰ひとりこの悲劇を信じてくれやしないんだ、僕は皆に気が狂ったのだと思われてる。そんなことは僕にとって何ひとつどうでもいいんだ。ただ、あの男に支配された国を救う為に、僕の、僕のこの意思そのものが希望として存在している」

 音楽の授業中、ミュージカル鑑賞という名目で『ルメルシエ』のビデオが流されていた。遮光カーテンを引いた暗い視聴覚室の隅で、机に突っ伏していた私の耳に、そのセリフだけがくっきりとした輪郭で飛び込んできた。
 あまり綺麗ではない画質の、時折砂嵐が混じる古い映像の中で、はりぼての玉座にセドリック役の男性が跪いている。彼は舞台を縦横無尽に駆け巡り、女王への愛と自分の使命感を歌った。
 それを離島の高校生がぼんやり眺めている。鼻をほじる奴も爪をいじる奴も机に落書きしてる奴もいる。わけもなく侘しい気持ちになった。私もまともに観てなかったけど、その台詞に感情移入していた。

 昼休み、図書室のパソコンで「夕映放送の電話番号」と人差し指1本でキーボードを打ち、検索し、お客様センターの番号をメモし、校内の公衆電話へ向かった。抗議だ、抗議してやる。
 しかし「オペレーターに順番にお繋ぎしますので、しばらくお待ちください」という無機質な録音案内が流れるばかりで、生身の人間が話を聞いてくれる気配がない。なけなしの小遣いがどんどん公衆電話に吸い込まれてゆき、結局すべての小銭を注ぎ込んでも繋がらなかった。
 きっと今朝のラジオを聴いたファンたちが、私と同じようにコズモの引退に抗議しているに違いない。と思いたい。

 思考がじゅくじゅくになり、もはや手段が目的と化してきた。金だ、電話をかけて文句と泣き言をぶちまくにはとにかく金がいるのだ。
「宮原」
 ほとんど無意識の呟きは、午後の授業の開始を告げるチャイムにかき消された。私の足は教室へ向かわず、唯一事情を飲み込んでくれそうな男を捜し始める。

 ポケットの中で、始業式の日からずっとひしゃげて蹲っていた全学年の時間割、授業場所、担当教師が記載された表を見て、今日のこの時間の宮原は空いていることがわかった。
 形振りなどどうでもいい。教員室の扉を開き、パッと見で宮原がいなかったので室内の誰にも挨拶せずぴしゃりと閉める。体育館の倉庫、テニスコート、男子トイレ、屋上、音楽室、視聴覚室、家庭科室、こんなとこにはいないだろうという場所もとにかく探し回ったが見つからない。
 こうしている間にも、神様の退任に必要なあれこれが着々と進んでいて、呼び止めることができない距離に歩き出している気がしてくる。
 まだ確認していない場所を指折り数えていると、ふと同級生の女子が(私に聞かせるようにして)大声で話していた噂話を思い出した。

「宮原ちゃんて、中柳先生と付き合ってるらしいよ。まあ妥当だよねえ、美人で若い女の人、あの人ぐらいしかいないもん」
 中柳は保健室の先生だ。まだ行ってない。
 くだらない噂話をする女子の声を、コズモの今朝の爆弾発言があっさりと掻き消してしまう。静まり返った廊下に、私の薄汚れた上履きがばたばた駆ける音だけが響く。教室の中で順序良く座り、黒板の字を写してる生徒たちの耳を砂嵐よろしく通り過ぎるぐらいのことは出来ただろうか。

 廊下から保健室の蛍光灯がついていないことが分かった。だからと言って確かめない理由にはならない。
「すみませーん」
 私は便宜的に声を上げ、誰の返事も待たずに扉に手をかけた。外側からしか鍵をかけられないそれは、指先に込めた勢いをそのままに、スパーン、とするどい音で開いた。
 はたして、嘘みたいな本当の話ってやつか、宮原はそこにいた。中柳先生とデスクの前で向かい合っていたのが扉を開いた瞬間に見えたけど、ふたりは咄嗟にこちらに振り向いた、ように感じた。

「金城、どうした? 体調不良か?」
「お金貸してください」宮原の問い掛けを覆うように言う。

「先生、今朝の大発表聴きました? ラジオ局に電話しなきゃいけないんです。こんなこと頼めるの先生だけなの。お願い」
 中柳に一瞥もくれてやらず、宮原の両袖を握りしめ、彼の耳元に口を寄せて言った。宮原の顔には、いろんな種類の焦りと驚きが忙しなく巡っている。
 黄ばんだカーテンの向こうから、白昼の南の島に降り注ぐ光が入ってくる。薄ぼんやりとした熱を肌の上に感じながら、影と光の境目が走る宮原の顔を殴りたいと思った。
 少しの沈黙の後、宮原はあらかじめ決められたかのような動作でジャージズボンのポケットに手を突っ込み、黒の皮財布を掴んだ。

 財布の小銭を握り込み、宮原の手から私の手にじゃらじゃらと落ちる。間抜けだった。
「どうも」
「返さなくていいから」
 覇気のない声に呼び止められる。どういうつもりで言ったのかは分からないが、背中に感じる視線が生ぬるい。
「先生たちのこと、皆知ってますよ」

「金城」

 教師が生徒を諌める調子の呼び掛けをかわして、廊下へと出て行く。その名前に振り向ける気分じゃない。要らない。白昼堂々鍵のかかってない保健室で、なぁにをしてたのか存じ上げないが、どっかで聞いたような安っぽいハレンチシーンに足突っ込んでる大人になんか構っていられない。
 公衆電話に小銭を突っ込み、何度目かの電話を掛ける。どうしたって保留のメロディが流れ続けるだけでイライラした。
 冷静になったのか自棄になったのか、受話器を降ろしてロッカーから学生鞄を取り、上履きからスニーカーに履き替えて校門を出るまで、とても自動的で他人事のように身体が動いた。

「くだらないな」

 帰路、車に轢かれた天然記念物の鳥の死骸を跨ぎながらつぶやく。プリーツスカートのポケットの中でじゃらじゃらと小銭を弄び、いよいよ世界終末が現実味を帯びてきたぞ、という気になってくる。
 断たれるのではない、もともと私とコズモは平行線に或るわけではない。というか、私は誰とも何とも等しくない。それを曖昧にする術として、私は彼を頼ったにすぎない。
 彼は私を感知しない。だってそうだ、いくら神様だったとしても、生きとし生ける人間の名前を、全員分覚えているはずがない。

 小銭を掴んだ手を振りかぶって、あたりにぶちまける。沿道の砂糖黍畑の中に弾け飛んでいった金は、いったい宮原のどれほどの仕事量に値する給料だったのだろう。どれほどの労働時間を、私に投げられる小銭をつくるために費やしたのだろう。いやまあほんの10分くらいかもしれないけどさ。くだらないな。
 金城みのりの一生分の時間と、宮原のその時間、どっちのほうがアレなんだろ? とか思ったけど考えるのやめた。頭の中の泥をこねくり回しても、小紋牛のうんこ踏んでも、もうどうにもならないし。金城みのりはフェードアウトしてくし。

 すごいな、金城みのりってみんなこうだったのかな。
 予感を前にして、自分ができるだけ苦しくならないように、気持ちを鎮静化させる機能が遺伝子に組み込まれてるのかな。いや、鎮静化っていうか、本当にむかつくし、できるだけ最後まで反旗を翻したかったんだけど……自分の名前を自覚している。

 いやほんとにすごいな、なんでこんな平然としておうちに帰れるんだ? よくアレを我が家だと認識できるな? もしここが夕映市で、バイトでためたお金持って大人っぽく装ったなら、どこにだって逃げられるかもしれない。しかしここは1時間あれば車で1週できてしまう小さな孤島だ。泳ぐしかねえよ。

 玄関の前には、仁王立ちの母と不安そうにそわそわしている祖母がいた。
なんとまあとんでもサプライズ、私は母の足元でひしゃげ、くずおれている塊をしばし見つめ、それがラジオであることに気付く。折れたアンテナの先っちょが、さいごの悪あがきに空をさしている。

「座りなさい」

 母が言う。私は笑顔を浮かべ「はい、みのりちゃん」と答え、死んだラジオの前に正座する。無数の砂利が脛に食い込む。「ごめんね」と繰り返している祖母を見上げ「みのりちゃんのせいじゃないよ」と声をかけてみたが、それがよくなかったらしく、彼女のつぶらな瞳から涙が伝った。

「内地の放送局から小包が届いて、怪しいと思ってあんたの部屋を漁ったら出てきた。信じられない、どういうことなの」
 母の足がラジオの死骸を踏みつけると、ばきっ、じゃりっ、と音を立てる。血走った母の目を見ながら、お便り採用者には粗品の番組グッズが送られてくるんだったなあ、とぼんやり思う。

「あんたはどう思うの? 私のこと何だと思うの? なんでおばあちゃんが泣いてると思うの?」
 こくごのテストみたいだ。満点取ったらラジオは治るのか、コズモは引退を撤回するのか、宮原は中柳と別れるのか。残念ながらそんなことはない。いかにもしんどいですって顔をすれば、母は満足だろうか。

「私は、私たちが苦しくならないようにしたかっただけなのに」
 先代は金城みのりにあるまじきか細い声で、金城みのりにそう告げる。余計なお世話だ、そんな連帯責任持ってどうすんの?

 母の蹴りが、私の右頬に炸裂した。血と歯が口の中で吹き飛び、鼓膜とこめかみもなんかどうにかなった気がする。
 左側に傾きかけると、間髪入れずに左頬にも足が飛んできた。ノイズの濁流、モザイクってたぶんこういうやつなんだろうなっていう模様が眼前に広がる。

 遠のいてく意識の中で、強烈な花のにおいを感じた。どうやら噂はマジだったし、私が金城みのりなのもマジだった。

 いいよ、こんな名前はくれてやる。


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