人間水町と人魚筧





静かで穏やかで、神秘に満ちた世界。暗い水底から光の指す天井を見上げて眺めていたら、ゆったりと影が覆い被さってきた。大きな船だ。海の中からは船底しか見えないが、施された装飾などから相当の豪華客船であることが窺える。他の者が自分達の世界に侵入されるのはあまりいい気分ではない。が、そうして敵意を抱いたって仕方がない。この世界を汚したりさえしなければ良しとしよう、皆そう考えていた。
唐突に、どぷん、と何かが沈んできた。白い泡沫に包まれたそれは、物ではなく人間だった。事故?身投げか?遊泳、は有り得ない。何にしろ、ここに侵入してくるのは頂けない。一息吐いて、この海の世界の住人…筧はかけていた岩場から腰を上げた。
音もなく近付いて、その身を抱え上げる。大きな身体が抵抗してくるが、そのまま上昇して揃って水面に顔を出した。沈んでいた当人の方へ顔を向けるが、頭をくたりと下げていて少し長めの派手な金髪しか視界に入ってこなかった。そういえばこの男、何故半裸なのだろうか。筧が首を傾げたのと同時に、男の頭が勢いよく上がった。
「んもー何してくれてんだよー!」
海水を含んだ金髪が舞い上がって、水滴を振りまいた。筧は目を丸くすることしか出来なかった。
「せーっかくちょっと泳ごうかなって思ってたのに!」
事故でも身投げでもなく、どうやら目的は一番無謀な遊泳だったようだ。男は絶句している筧に構うことなく不満そうに唇を尖らせた。
「お前誰?お前も泳いでたの?」
「…ちげえよ」
「んん?」
丸い目が筧をよく観察する。若干色白な肌、張り付く黒い髪の隙間から、光沢のある鮮やかな鱗が所々覗いている。やがてその表情はパッと変わった。
「ンハッ!お前人魚じゃん!」
「はあ…紛らわしいマネすんな、こっちからすりゃ迷惑だ。…あと人間がこんなところを泳ごうなんて無謀すぎるからやめろ」
「んー、でも俺泳ぐの好きなんだよね」
反射した髪が眩しかった。純粋に笑うのが、眩しかった。この人間は自分達の世界に害を為す者ではないと、筧は思えた。
「…とりあえず今日はやめとけ。これからここら一帯荒れるだろうから」
「そーなの?んじゃ船のみんなに言っとくな。お前優しいなー」
「っ…ちっげえ!転覆とか沈没なんてされる方が迷惑だから…」
「照れんなよー。なあ、名前教えて!ここら辺来ればまた会えんの?」
相手のペースに完全に呑まれているのを理解しつつなかなか逃れられない。筧は観念して、答えた。
「俺は筧。まあ大体この辺りにいるけど」
「そっか、筧だな!じゃまた来る!じゃあなー」
「は?!二度と来んな!」
ケラケラと笑いながら、男は船へと上がっていった。呆然としていた筧はふと気付いた。
「…名前聞き返すの忘れた」
嵐のように凄まじい男が去り、海の世界はこれからくるシケを悠然と待ち構えながら、再び静まり返った。





大雪からの現実逃避
続けばいいんですけど…

20140215

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