大→←←←棘くらい








「何で今更連絡してくるんだよ」
何故と問われたって自分でもわからない。
今の今まで気にも留めていなかったはずなのに、ふとした瞬間に思い出して。そこから途切れることなくふわふわ彼のことを思ってしまって。埒が明かないと考えた大和は花梨経由で彼に連絡を取った。そう、これといった理由はないのだ。強いて言うならば自分の気を晴らすためだろうか。だが結局、根本的な理由が見つからない。
「…俺はもう捨てたのに」
「…?何を」
「嫌いだ」
もともと声を張るような人物でもなかったが、それは低い唸りのようだった。大和の疑問など無視して感情を吐露し始める。
「嫌い、嫌い嫌い嫌いお前なんか嫌いなんだよ嫌いなんだ大嫌い」
「棘田氏、」
「大嫌いなのになんで、いまさら会ったり、すんだよ」
聡い大和はなんとなく、把握した。彼が駄々をこねる子供のように率直な感情をこぼし続けたのは、彼自身が自分に言い聞かせる為だったのだと。そして何故そんな自己暗示をしなければならないのか。何を「もう捨てた」のか。なんとなく、直感的に、そうかもしれないと思った。それから自分はどうなのかと思慮を始める。
震える肩を掴むと、彼の顔はすっと上がった。眉間に皺を寄せて唇を噛みしめている。様々な感情が渦巻いているようだった。大和は徐に、彼を抱きしめた。力の加減が出来ず苦しかったのか、至近距離で棘田が息を呑むのがわかった。
「…お前は最低だ。何も思ってないくせにこういうことを簡単にやる」
棘田の腕はぶら下がったまま、その広く逞しい背中に回ろうとはしない。
「何も思ってないことは、ないよ」
「じゃあ同情。哀れみ。そんな程度だ」
「愛とは思わないのか」
「思わないね」
あくまで抱きしめられるまま、身を委ねることはしない棘田は即答した。自分がこうしたのだと大和は理解していた。こうなるまで気付かなかったのだと。何と愚かなんだろうと思う。自分も、「捨てきれていない」棘田も。
「お前の言う愛は全てに向けられるモンだろう」
ひとつじゃない。唯一じゃない。自分だけじゃない。諦めが滲んだその一言は大和に重くのしかかる他なかった。
自分にとっての「ただひとつ」は何なのだろう。
「そう見えるのかな。俺には…わからないよ、俺自身が」
「そんなの自分で考えろよ。離せ」
棘田はいよいよ抵抗を始めた。力差があるので自力で逃れるつもりはないが、身動ぎしてその意を表す。
「君はその腕を回してはくれないんだね」
「慰めなんて要らねえからな」
力強い腕はゆるゆると、緩慢な動きでその体躯を解放した。棘田の肩をなぞり、腕を滑っていく。
このまま完全に離したら、彼はその身を翻して去ってしまうのだろうか。去ってしまったら、今度こそもう会うことは無いのだろうか。
そう考えたらどうにも離しがたくて、大和は彼の手を握った。少し乾燥していて冷たい。悪あがきだと自分を嘲るしかない。
「…何」
「俺はね、棘田氏。俺が唯一、愛を…全てを捧げられるような人物が今のところ思い当たらないんだ。…けれどこの手を離したとき、君がもう二度と俺とは会わないと言うのなら、それは嫌だと思う」
言葉というのは便利である。が、表現するのはなかなか難しい。大和はひしひしとそう思いながら口を動かした。伝える。伝えなければならない。伝えたい。
「君との繋がりは断ち切りたくない」
棘田は目を見開いた。それから、泣きそうに細めた。相変わらず口はへの字に曲がっている。彼は小さく呟いた。
「嫌いだ。お前はずるいから、嫌い」
大和の熱が伝わったのか、繋いだ棘田の手は少し温かくなったようだった。







20140207

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