彼の癖のひとつに、ふてくされたように唇を尖らせる仕草がある。考え事をしているときなんてよくその姿を見るけれど、僕は個人的にその癖は直して欲しいと思っている。むうと唇を突き出す表情は好きだがそれを日常的に行っているというのがいけない。つまり、僕のその好きな表情を多くの人間が目にするというわけで、僕はそれが気にくわないのだ。人間誰しも独占欲というものがあるらしく、僕はそれを“コータロー”で遺憾なく発揮していた。
「ん、ぅ…あ、」
一向に直る気配のないその癖を見ていたらムズムズと心の底から何かが沸き上がってきた。僕はコータローを壁に押し付けて、それから唇も押し付けた。幾度か角度を変えて時折その唇を甘噛みなんかすると声が漏れて身体も跳ねる。かぷ、ビクッ。はむはむ、ブルブル。その感触が何とも柔らかくてしっとりしていて、病みつきになりそうなくらいだ。
「んっ、うぁ、ふ…」
ぐっと腹を押されたので名残惜しくも顔を離す。片手しか抑えていなかったのは惜しかったかな。コータローは息が荒いまま眉を吊り上げる。
「てめ、赤羽、なにしてくれて、っんだよ…!」
「フー…すまない、どうかしていたよ」
「〜っすまないで済んだら警察はいらねーんだ、よッ!」
コータローは野性の動物と同等なので気性が荒い。荒すぎて僕に頭突きをお見舞いする始末だ。ガツン、脳震盪でも起こしたんじゃないかと疑うくらい視界が揺れた。
「んっとにテメーはスマートじゃねえよ!」
すぐ横にあったロッカーに寄りかかって痛みに耐える。よく吠えるものの、コータローの顔はこの上なく赤かった。耳まで赤い。当然だろうが恥ずかしいんだなと頭の中で冷静に解釈した。
コータローがいつものようにポケットから櫛を取り出す。が、動揺が出たのか取り出された櫛はその手からすっぽ抜けた。カシャン。ステンレス製のそれが床に叩きつけられる。僕の足元まで転がってきたので、屈んで徐に拾い上げた。
「…わり」
「君は僕のことをスマートじゃないと言うが、それは君にも言えることじゃないのか?」
床に叩きつけられた衝撃で開きかかった櫛をパチンと閉じる。返ってきたコータローの声は先程より低かった。
「どういう意味だよ」
「スマート、確か直訳すると利口とか賢いとかそういう意味合いが強かったかな。本当にスマートなら、僕がこんなことをする意味にも少しは気付くんじゃないか、ってね」
「ハア?」
コータローの顔には思い切り「意味がわからない」と書いてあった。やはり彼とは音楽性がまるで違うようだ。態度や行動だけではどうやったって伝わらない。ストレートな言葉を贈らないと、気付いてくれもしない。
一息吐いて、僕は腹を括ることにした。立ち上がって彼と再び対面する。つい何分か前に壁に追い詰められて逃げ場も無かったくせに、警戒もせず未だにそこに佇むコータロー。全くもって君は、隙だらけだ。
「唇へのキスは愛情を意味するんだが。知っていたかい?」
強い罵倒も拒否もされなかった時点で僕は確信を得ていた。至近距離で目を見つめて、僕からの正しい答えをぶら下げる。すると案外長い睫に縁取られた双眸が歪められた。目許が赤い。きっと頬も耳もまた赤くなっているのだろう。そこにはやはり、明確な否定はどこにもなかった。だから僕はもう一度その隙に付け入った。
重ねた唇の隙間でコータローが呟く。
「…そういうことかよ」
僕が拾い上げた櫛は、僕とコータローの掌から再びこぼれ落ちていた。





実質ちゅーしかしていないという

20140113

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