互いに名前で呼び合うことなどまずない。俺はまだ「ルカワ」と名字で呼ぶことはあるが、あのキツネは多分それさえなかったはずだ。「お前」か「テメー」か「どあほう」の三択。何だこの三択。今まで気にしたことなどなかったが、はたと気付いてしまった今はただ悔しい気持ちでいっぱいだった。我ながら女々しいと思うけれど、俺は一度、一度だけ名前で呼ばれてみたい。…俺だけ欲しがってるみたいなのがかなり悔しいのだ。しかし正面きって「名前で呼んでくれ」なんて言えるわけもない。もし言えたとしても、その要望に応えてくれる確証もない。寧ろ「ヤダ」と拒否されるのがオチだ。散々悩みに悩んだ俺は、「じゃあ俺が呼ぼう」という苦し紛れの結論を出した。自分でも何が「じゃあ」なのかわからない。とにかく、欲しがる前に与えてみる作戦だ。こうしてアレコレ考えてる時点で俺は相当流川にベタ惚れなんだろう。

「カエデ」
色々振り絞った第一声だったがしまった、声が掠れた。ちゃんと聞こえたか?声小さかったか?変な風に発音しなかったか?後から後から気が付いては不安が増していく。背中にじわりと汗が滲むのがわかった。これが冷や汗というヤツか。当の本人はパチパチと瞬きするだけ。
「かっ…カエデ!」
もう一押し、今度は思い切った。流川は瞬きさえしなくなった。徐々に羞恥というものがわき上がってきたが、そんなもの今更だ。それよりも、だ。反応が面白くなってきた。いつだってポーカーフェイスな流川のそんな面食らった顔、なかなか見られるモノではない。当初の目的そっちのけで、俺はまた名前を呼ぶ。
「カエデ。カエデ、かえ」
「ヤメロ」
遮るように声を上げると同時に、手で乱暴に口許を覆われた。「ぐえっ」だか何だか呻いてしまったのはしょうがないことだ。つうか舌噛むとこだったじゃねえか危ねえな畜生。反射的に睨むと珍しく困ったように眉を顰める流川が見えた。睨み返してくる眼光が心なしか弱々しい。白い頬が赤く色づいているような。妄想でも都合のいい幻覚でもなく、本当にこれは、照れているようだ。
「おお…さては照れているな?」
これに頬を緩まずにはいられまい。その手首を掴んで口許から引き剥がし、からかい混じりに言えば流川は唇を尖らせた。
「わりーか」
「…あ?」
「………ハナミチ」
拗ねたキツネは何を思ったのかいきなり爆弾を投下した。一瞬自分の名前だとわからなくなったくらいだ。自分の名に限らず、流川がマトモに人の名前を発音すること自体滅多にないことなのだ。気付いたら最後、直ぐに流川と同じように顔が熱くなってしまった。「ザマーミロ」などと抜かすテメーだって同じ状態だってわかってんのか。とりあえずまあ、作戦は成功したようだ。





ただ名前を呼び合うだけの話
はなるの日を記念して一応…短い文章でもと…放っていたのを今更ながら上げます…
HAPPY1011DAY!

20131022

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