「おう、花形。お前も遅刻か」
古びた部室の扉が開き、顔を上げればそこには翔陽のエースである藤真の姿があった。部活は既に始まっているので他の部員はいない。花形は着替えながら返した。
「日直でちょっと手伝わされてな。お前は…」
言い掛け、はっと気付いて藤真の様子を窺う。彼は肩を竦め困ったような笑みを浮かべていた。ああ、いつものか、と一人納得した。
藤真は女子生徒に人気だ。ただでさえ強豪である翔陽のエース、加えてルックスも性格さえ彼女らを虜にするには充分だ。それ故放課後に呼び出されて告白、というのも少なくはなかった。無視という選択肢は藤真にはない。毎回わざわざ足を運んで直接断るのだがそれでも告白する者は絶えない。本当に藤真のことが好きなら、藤真が好きなバスケの時間を削らせるようなことをしないはずなのだが。と、花形は常々思っている。
「はは…モテるのも大変だな藤真。何で彼女作らないんだ?」
「…彼女…か」
ロッカーを開いて藤真も着替え始めた。そのまま暫く口を閉ざすので、花形は首を傾げる。既に着替え終えていたのだが、話を振ったのが自分なだけに返事がくるまで待ってしまう。彼を眺めていたらぱっと幼さの残る顔がこちらに向いた。
「好きな奴が居るんだ」
その顔は笑っていた。笑っていた筈なのに、違和感があった。花形にはそう思えた。いつもの晴れやかな笑みと同じようでそうでない。具体的にどこがどうとか、それは何故なのか、そこまではわからないが、自分が深入りすることではないとあまり追及はしないことにした。藤真に関心がないわけではない。むしろ彼への関心は日に日に高まっている気がする。だからこそ花形は、下手に干渉して今の関係を狂わせたくなかった。
「へえ…好きな子居たのか。初耳だな」
『好きな奴が居る』このセリフがやけに頭に残った。藤真は目を伏せる。花形の位置からは細かい睫毛の列がよく見える。
「ああ。初めて言ったよ」
「…初めて?好きな子が居るからって断ったりしないのか」
「断るときは、バスケに集中したいって言ってるんだ」
「訊かれたら?」
「居ないって言うか、誤魔化すかだな」
「…どうしてそこまでして秘密に」
練習着に頭をすっぽりと通した藤真は、くっきりした眼を花形に向けた。
「絶対叶わないから」
「叶わない…?」
「そ。俺の片想いで終わるモンだから、誰かに話したところでどうにもならないかな、ってな」
こんなに消極的な藤真は初めて見たと思う。藤真に声をかけられて、笑いかけられて頬を染めない女子はいないだろう。他の男子高校生と比べること自体おかしいほど今まで相当な人数に告白されてきたというのに、片想いで終わると断言してみせた。そこまで見込みのないという藤真の想い人は一体誰だ?どんな人物だ?花形は考えてみたが、ダメだった。藤真と近しい女子など特に思い当たらなかった。となると、残りの可能性としては花形の見落とし、或いは花形の知らない藤真の交友関係。後者だとすれば花形はもううなだれるしかない。藤真のことを知った気でいて、そうではなかったと思い知らされるのはつらかった。
「誰か、訊いてもいいか?」
「…名前はちょっと」
「じゃあ…俺の知ってる子?」
「あー…よく知ってる。俺の一番近くにいる奴だから」
彼から与えられる情報に花形の混乱は増すばかりだった。丁度着替えも準備も終わった藤真は、首を傾げっぱなしの花形に「おら、練習行くぞ」と喝を入れて部屋を出て行ってしまう。慌てて花形も後に続いた。ずんずんと力強く地を踏みしめて先を歩く藤真の呟きは、花形には聞こえそうにもない。

「俺が女の子のことを『奴』なんて言うわけないだろ、自分が一番近くに居るって気付けよバカ花形」





りょりょりょ両片思い!

20130913

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