二人揃って電車通学





カタリと電車の振動に合わせて身体が傾く。窓の外に顔を向ければいつもの風景がそこには広がっている。目線を元に戻すとまた、いつもの風景。同じ制服を着た同級生の首もとだ。藤真は顔を上げて相手の様子を窺った。黒く縁取られた眼鏡のレンズを通して、変化の乏しい町並みを眺めているようだった。
満員とは言わないまでも肩がぶつかるくらいには車内は混んでいた。周りには学生服よりもスーツを着込んだ利用客の方が多い。これもいつもの風景である。二人は朝練のために、学生の姿が少ないこの時間帯の電車をよく利用していた。
「花形は優しいな」
突拍子もなく言う藤真を花形は見下ろした。彼は丸い眼を細めて笑みを浮かべている。
「そんなことはないよ」
「ん?何でだ?」
「何でって…」
花形は言いよどみ、視線を逸らした。
「試合の後なんてよく思う。俺は藤真に頼りすぎてるんじゃないかって…恐らく俺だったら受け止めきれないくらいにな。…自分が情けなく感じるんだ。本当は、互いに頼りあえる方がいいのに、…だから優しいなんてこと」
淡々と、しかしじわりと感情を滲ませる言葉は藤真にしっかりと届いた。走行音や他人の喋り声に埋もれそうなくらい沈んだ声でも。
「(そうやって俺のことを考えてくれるとこも、優しいんだけどなあ)」
まるで自分が藤真の負担になっているかのように花形は言うが、それは全く違う。藤真は十二分に彼を頼っている。むしろ花形と同じことを考えていたくらいだ。彼の胸中を知り、藤真は辛そうに目を細める花形が途端に愛おしくなった。手を伸ばして、高い位置にあるその頭を撫でたくなる。そんな顔するな、俺だってお前とおんなじこと考えてた。そう囁きたくなる。実際にそうしてしまえば、流石の花形も戸惑い怒るだろう。朝っぱらから公共の場で同級生に頭を撫でられ慰められる男子高校生なんてそうそう見ない光景だ。その欲求は抑え込んで、藤真は正面から口を開いた。
「お前は優しいよ。気付いてないみたいだけど俺も充分甘えてる。今だってお前、こうして混雑してる電車の中でも俺を庇ってくれてるだろ」
レンズの奥にある黒い目が丸くなる。自分を庇うことは無意識の行動だったのか否か、藤真にはわからない。けれどどちらにしたって嬉しいことには変わりなかった。
毎日同じ時間の電車に乗ると、自然と定位置というものが決まってくる。藤真の定位置はドア近く、座席を隔てる壁に背を凭れられる場所。花形は藤真をそこに収めるように向かい合い、その大きな体格も相俟って彼と周囲を遮断するように立っている。その背でいつも、人の群れの圧力を受けているのだ。だから藤真はこの電車が窮屈だとはあまり感じたことがなかった。彼がごく当たり前のようにしてくれるそういった気遣いが、何より嬉しい。
「優しい花形。やっぱり俺は好きだ」
プス、と耳慣れたベル音と合わせて扉が開いた。いつも降りる駅だ。「花形」名前を呼んで彼はその腕を掴んだ。
「ふじま」
「もっと俺を頼って、お前を頼らせてくれ」
雑踏に混じった言葉は、花形の耳に確かに届いた。







20130913

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