とても、よくわからない話








ふわふわと頭を撫でられる感覚。くすぐったいと思いつつも心地良い。微睡みの中瞼を上げると目の前には穏やかな表情のイワンくんが居た。私を撫でているのはイワンくんだったのか。珍しいな、彼が自分から触れてくるなんて。私は嬉しい。とても嬉しい。

『キース』

現実と夢の世界をたゆたっていたところに、彼のテノールが私の名を呼ぶ、が、おかしいな、イワンくんが私を呼び捨てて呼ぶなんて。珍しいどころの話ではない。急激に脳内が冴えてくる。呼び捨てすること自体は問題ない。むしろ大歓迎だ、特にイワンくんならば。しかしだからといって彼がそうするかは別問題。というより彼の性格上、呼び捨てることが出来ないらしい。実際彼はブンブンと首を振っていた。はずなのだが、何故?

とにかく私も呼び返したいと思い、彼の名を口にした。

『ワンっ』

のに、唇は左右には動かず上下にしか動かない。音しか発しない。あれ?「ワン」だなんてまるで私がジョンみたいじゃないか。イワンくん、どうしたんだい、イワンくん。再び呼びかけを試みるも、私の口からは「ワンワン」としか出ない。イワンくんはバイオレットの目を丸くして「どうしたの?」と私の顔を覗き込む。声が出ない、いや、音は出るが、名前が呼べない。何故だ?何故なんだ?

『イワンくん』

知らない男声が響いた。そちらの方を向くと、光に包まれぼんやりと浮かんでいるような男性が居た。顔はおろか身体の輪郭さえはっきりしない。ただオレンジのようなゴールドのような髪の色が鮮やかで目を引く。誰だろうか、私は見覚えのない人間。しかしイワンくんは知っているようで、ばっとそちらを振り返った。

『ジョンさん!』
『ワン?!』

ジョン、さん?ジョン?イワンくんは立ち上がって『ジョンさん』に駆け寄る。温もりが遠ざかる。それはとても悲しく、さみしい。

…立ち上がる?何故?私は床にでも寝そべっているのだろうか。もぞ、と動くとジョンの尻尾のような、いや彼よりは明るい色味の尻尾、が、視界に入った。だがその先に続く胴体には目線がどうしても到達せず、これ以上は回らないと首が言っている。………状況を整理するに、これはまさか、まさか私が、犬に?そしてイワンくんがとても嬉しそうに駆け寄る『ジョンさん』が、私のソウルメイトであるジョン?ベタに頬をつねって確かめたいところだが。手を出してみると見事に肉球があるのみ。溜息代わりに「キュウン…」と声が出た。

ジョンが腕を開いてイワンくんを抱きしめた。それを端から見つめる私。さみしい。これが蚊帳の外、ということか。さみしい、とても。ぎゅ、と瞼をきつく閉じた。










「…イワンくん」
「えっ?」

もごもごと己の口から寝言が漏れ、はっと気付く。はっきりしない視界の中で、イワンくんの姿が見えた。

「キースさん?…寝ぼけてるんですか?」

彼が私を見つめている。ああ、いつも通り呼んでくれている。たったそれだけのことなのに、私はひどく安心した。手を伸ばす。伸ばした掌に肉球などなく、人間の手をちゃんと象っていた。

「…夢を…見ていたようだ」
「夢…嫌な夢ですか?」
「いや、…嫌というより…さみしくなる夢だった」

イワンくんは私に同調したように、表情を悲しそうに歪めた。その頬を撫でると私の手に自身の手を重ねる。私を理解しようと努めてくれる姿勢が愛おしい。彼は私を満たしてくれる。

「大丈夫。もうさみしさなんて吹っ飛んだよ、そして全快だ!」

「ジョン!聞こえるかい、ジョン!」続けて呼ぶとジョンがパタパタと駆け寄ってきた。私は起き上がり、イワンくんとジョンを一緒に抱きしめた。ジョンが元気に吠える一方でイワンくんがやや苦しそうに声を上げる。温もりが心地良い。こういうとき、私は恵まれているのだなと実感する。

「しかし君には負けないぞ、ジョン!」
「ワン!」
「?…何の話ですか?」







20130823

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