三月、例年に比べ暖かくなり過ごしやすいだろうというテレビのニュースは重大な問題をひとつ見落としていると棘田は思う。彼にとっては死活問題で、傍らにいる大和にとっては大したことのない問題。棘田は独特の予兆に素早く息を吸い込んだ。
「はっぶしゅ!ひっぐし!」
「棘田氏…花粉症かい?」
一度くしゃみをし出すと止まらない。棘田は鼻腔のむず痒さと格闘しながらカバンの中を漁った。そうして取り出されたのは箱ティッシュである。ポケットティッシュではない辺り、彼の重症さが窺える。
「つらそうだね」
「実際つれえんだよ」
はっきり話すのも億劫なのか、もやもやとした口調だ。思い切り鼻をかんでから続ける。
「くしゃみ止まんねーし鼻水やべーし目もかいー…」
「鼻が赤くなっているよ。…何度もかんでいるからだね…目も目許も赤い」
かわいい、と大和がおよそこの場にそぐわない単語を零した。「おっと」気付いたときには棘田の裏拳が飛んでくる。それは見事に大和の顎にヒットした。
「たっ」
「バカにしてんのか大和ォ…」
「容赦ないな…バカにしてなんていな、っぐ」
顎をさする大和を一睨み、彼はまたズズ、と鼻をかむ。それから今度はすっと通った鼻筋を摘んだ。
「いばららし、」
「花粉症のつらさはこんなもんじゃねえぞ?あ?」
「いたいいたい呼吸れきないよ」
大和は苦笑するばかりで大した抵抗は見せない。
棘田にとって、花粉症でない者は敵だ。と言っても一部の思慮のない者のみであるが。このつらさを知らないなんて幸福なことだというのに、それを軽視するようなことを言う。それが腹立たしいのだ。無知というのは恐ろしい。それに加えて棘田は漠然と大和を気に入らない。最近はそのマイペースさに流されっぱなしだが、好き嫌い以前に気に入らないのだ。それも相俟って、今の彼には大和が最大の敵であるかの如く見えていた。
ぎゅう、と一層強く摘んでから細長い指は離れていく。大和の形のいい鼻の頭はすっかり赤くなっていた。大和は今度こそ口に出さぬよう、お揃いだ、とこっそり思った。
「お前もそのうち絶対なる」
「そう言えば…花粉症になるかどうかは遺伝的なものにもよると聞いたことがあるよ。俺の家族に花粉症は居ないから、なる可能性は低いかも」
「………お前ってほんっと、癪に触る野郎だよ」
「はは…でも俺も花粉は嫌いだな」
「は?」
赤い目で見上げてくる棘田に、大和はいつもの笑顔を向けた。
「君に容易にキスできないだろう。苦しくなっちゃうからね」
「いい天気だね」と言いそうなくらいくもりない笑顔だった。棘田は絶句する他なかった。―――じゃあ何か、花粉症じゃなかったら俺は年がら年中容易にキスされちまうってのか。この男ならやりかねない、とゾッとした。それから、花粉症になってからというもの悪いことばかりだと思っていたが、少しだけ、ほんの少しだけ花粉症で良かったのかもしれないと思った。







20130418

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