あんな風になりたい、と目を輝かせていたのはいつのことだったか。昔を思い出して尾浜はふと目を細めた。きらきらと夏の光を一心に浴びて、笑顔を振りまく彼が細められたまま投げかける視線に気づいたのか、ふと作業をやめてぶんぶんと手を振った。顔を泥だらけにしながらそうして楽しそうにしている彼にくすりと笑みを浮かべると尾浜は彼に向かって歩き出す。
生物委員会に所属する彼、竹谷はこんな暑い日にもかかわらず菜園の手入れを欠かしていないようだ。尾浜は泥にまみれ、額に汗を滲ませている竹谷におつかれ、と声をかける。

「はっちゃんがんばるねぇ」
「まぁ、ほら、俺より下ってなると孫兵くらいだし」

だから自分ががんばらなければ、と言外に年長としての意地を見せる竹谷に尾浜はそっか、と柔らかく微笑んだ。尾浜はとかく竹谷のこの快活で面倒見のよいところが好ましいと感じていた。1年のころからその笑顔はどこか安心するような何かを感じさせる。だから竹谷の周りには人がいっぱいいて、竹谷のことを好いている。竹谷は俺なんていじられてばっかでさ、とたまにいじけるそぶりを見せるが、愛されているからだよと笑って皆なだめるだけだ。竹谷の言葉も本気なんかではないのは本人も知っているが。
この年になって竹谷には年長者として下の者を守ってやらねば、という思いも出てきたようで、責任感も強くなった。本当にいいやつだなぁ。尾浜はそんなことを思いながら竹谷に提案した。

「今ちょうど日が一番高いときだろ?ちょっと休んだら?」
「まぁそうだよなぁ」
「あっちの木陰のとこにさ、井戸で冷やしたスイカとお茶、持ってきてんだ」
「まじ?!勘ちゃんありがとう!」

ぱっと顔を輝かせた竹谷に尾浜はわかりやすいな、と笑っていっしょに食べようと誘った。
夏の木陰ほど気持ちのいいところはない。そよそよと風が通り抜ければ先ほどまでの汗が冷やされてすっと涼しさがやってくる。そんなところで幹に背を持たれながら竹谷はしゃくりとスイカにかぶりつく。

「〜っうまい!」
「ほんとだ!」

いっしょに食べながら尾浜もうれしそうな声をあげた。尾浜が手に入れたスイカは井戸で冷やされてきぃんと歯にしみるように感じるほどである。炎天下の中畑仕事をしていた竹谷にとってお茶とスイカはごちそうだった。ふたりで種を飛ばしながらあっという間に食べ、満腹になると次にやってくるのは睡魔だ。
うつらうつらとし始めた竹谷に尾浜は半刻ほどしたら起こしてあげるよ、と声をかけると、ありがとうと言って竹谷はごろりと横になるとそのまま眠りの世界に落ちていった。
すぅすぅと聞こえる寝息に尾浜はじっとその顔を見つめた。精悍さの滲み始めたいつもの表情とはまた違う、あどけなさの残る顔にきゅっと胸が締め付けられるように感じて尾浜は胸元の装束を掴む。純粋な憧れが『焦がれ』に変わってしまったのはいつからだったろうか、そんなことも尾浜は思い出せなかった。
この気持ちに名前をつけてしまったらきっと戻れはしないだろう。尾浜はなんとなくそう思っていた。もしも名前をつけてあの笑顔を見られなくなってしまったら、そっちのほうが尾浜にとって恐るべきことだった。こうして隣でいろんな表情を見ていたい。許される限り、ずっと。
尾浜はちょっとだけ辺りを見渡して気配がないことを確認すると、竹谷の顔を覗き込む。頬には泥がついているし、口元はさっきのスイカの汁でべとべとだ。尾浜はふふっと笑うと、風が撫でるくらいの柔らかさでその閉じた目の上に唇を寄せた。すぐに離れた唇をそっとなぜる。なぜだかしょっぱいような気がして、きっと夏のせいだ、と尾浜は思い込んで空を見上げた。空は雲ひとつなく、太陽が照らしていた。

閉じた目の上なら憧憬のキス




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -