『ある夜のねつ 3』



昨夜と同じく、奇麗に整った志村の部屋。
しかし、明らかに昨夜とは違う箇所がちらほらと散見される。
大の男が二人乗っかっているベッドの上はぐちゃぐちゃだし、床には乱雑に投げ散らかされた二人分の衣服。
そしてバスルームからベッドに至る道筋を繋ぐように落とされた水滴の跡。
それら諸々の差異の直接の原因である片山は、丸まった薄掛けを抱き枕のように抱え、ベッドに横たわっていた。
隣には行儀よく寝息を立てている志村の姿がある。
生乾きの髪の毛が枕に染みを作っていくのをぼんやりと眺めながら、片山はもう何度目になるかわからなくなった疑問を頭に浮かべた。
何がきっかけで、こうなったのだろう。
数えることすら放棄したその疑問は、しかし未だ解けないまま今に至っている。

志村のことを、考えた。
行為の最中の志村はとても優しくて、片山の体にできるだけ負担を掛けないようにと気を遣ってくれた。
それは体位とか、角度とか、深さとか、動きとか、それから言葉でも。
その気遣いがどこかもどかしくて、少し物足りなくて、でも嬉しくて。
思えばもっと気持ちよくなりたいと、自分の方からかなり動いていた気がする。
無性に恥ずかしくなり、片山は腕の中の布団を強く掻き抱くと、その身を小さく縮こまらせた。

「ねー、カッタン」
いつの間に目を覚ましたのだろう、後頭部越しに志村が片山の名を呼んでいる。
顔を合わせるのが何となく面映くて、僅かに肩を揺らすことで返事の代わりにしようとすると、突然ぎゅっと抱き竦められた。
「……っ!」
驚いて、身を固くする。
志村の体は片山より少し体温が高く、しっとりと汗ばんでいた。
けれどそれは決して不快なものではなく、むしろ昨夜の情事の余韻を色濃く残していて。
鼻孔をくすぐる雄の匂いに、下半身がずくりと反応しそうになる。
羞恥に顔が火照るのを感じた。

しっくりくる位置を探すようにもぞもぞと動いていた志村だったが、やがてぴたりと動きを止めると、唐突に口を開いた。
「……俺たちってさー、相性良いのかな?」
背骨に響く、いつもの眠たそうな志村の声。
一瞬内容が理解できなくて、片山は頭の中でゆっくりと反芻し、さらにその意味を咀嚼してみた。

志村という人間は恐ろしく変わり者である。
この男と性格という面で相性の合う人間には、そうそうお目に掛かれるものではない。
多分、同じ周波数を持った(そう例えば、ウチの若手FWのような)人間ならば、志村の言動にきちんとついていくことができるのだろう。
その点片山は、志村の言っていることをいつも半分程しか理解することができないのだ。
正直、相性が良いとはとても言えないと思う。

ならばサッカーではどうか。
志村はゲームメーカーで、片山はストライカーだ。
もう何年も同じチームでプレーしている。
志村のアシストでゴールしたことも一度や二度ではない。
チームメイトとして、というより日本の司令塔として、志村のテクニック、パスワーク、判断力、打開力、それら全てに対し絶対的な信頼を置いている。
メッセージ性のある志村のパスを上手く感じることができたときなどは、言葉を交わすよりも余程通じ合えている気がする。
とは言え、それは他のFWにしても同じことで。
特に片山だけが、というものではないと思う。
そもそも、サッカーというものはチームスポーツだ。
ピッチ上に11人と11人がいて初めて成り立つスポーツである。
そこに生まれるものは飽くまで信頼であり、相性とはまた違ったもののような気がする。

さてそうなれば、あとは体の相性ということになるが。
実のところ、志村との行為は相当気持ちよかった。
手で、指で、唇で、舌で、吐息で、肌、そして髪の毛も。
志村に触れられたところ全部、否、志村によってもたらされた全てが、快感に結びついていて。
志村に突かれる度に快いトコロに当たって、その度に声を上げて。
もしかしたら、最初から互いの体がそういう風に作られていたのではないかと思う程に。
そう、何となく癪ではあるが、これはもう認めてしまわざるを得ないであろう。
(めっちゃ、相性えーやん……)

答えが出てしまったところでどう返事をすればいいのやら。
とにかく声を掛けてみようかと背後を窺う。
「……シムさん……?」
が、聞こえてきたのは規則正しい志村の寝息だけで。
拍子抜けしてしまい、片山は小さくため息を吐いた。
志村の腕の中でどうにか体を反転させ、向かい合う体勢になってみる。
視線を合わせるのは何となく照れくさかったけれど、寝顔であればそれもない。
じっと、見つめてみる。
いつもはきちんとセットされている前髪が下りていて、少しだけ志村が幼く見えた。


ひとつ、答えが出た。
けれど、それ以上にたくさんの謎ができた。
結局のところ、何がきっかけでこんなことになってしまったのかは相変わらず分からずじまいだし、志村が何を思ってこの行為に及んだのかとか、志村が片山のことをどう思っているのかとか、片山自身は志村のことをどう思っているのかとか。
それに、
(多分シムさん、男とすんの初めてやなかったよな……)
どう考えても志村は慣れていた気がするし。
もやもやすることこの上ないが、おいそれと訊けることでもない。
悩みながらも志村の規則的な寝息を聞いていると、じわじわと睡魔が襲ってくる。
回されている腕の重みと心地よい体温が、さらにそれに拍車を掛ける。
まあ、今はいい。
きっとそのうち、このたくさんの謎にも答えが出ることだろう。
目の前の変わり者にこそりと口付けを落として、片山は緩々と眠りに就いた。




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