魅入る

俺の主はモノをよく見つめる人だった。
庭の藤の花が咲き乱れれば、よく縁側に腰かけじっと見つめていた。桜や紫陽花、菊の花もそうだ。蛍の時期になれば、大太刀の蛍丸が一緒に見ようと主におねだりすれば短刀も交え、複数で楽しく観賞していた。しかし、そうでない時は一人で、蛍が去る季節までそうしていた。

「また見てるの?」
「そういう加州も見に来たのね」

俺はそばにいたいからだと、じっと庭の花や空の雲を見つめている主に言いたかったけれど、そう伝えるのはもしかしたら無粋かもしてないと思い、口をつぐむ。歌仙であればどうしただろう、と俺は遠征に出ている仲間へ思いを馳せた。しかし、たとえ言葉がなくてもこうして主を何をするでもなく、庭を眺めて、穏やかな風に目を細めて同じときを共有する時間は好きだ。ふと、主の柔らかな黒い瞳が自分を見ているのに気が付く。

「なに?なんかついてる?」

そういうと主は決まって、何も言わずに微笑んで、視線を花へ戻す。

「大丈夫、何もついてないわ」
「そ、ならいいんだけど」

主は穏やかな人だ。大人数で騒ぐようなにぎやかな場でも、まるで花のように微笑んで俺たちを見守っている。決してそういう場が嫌いなわけじゃないだろうけど、主は一人にもなりたがる人だった。でも矛盾したように夜、広い離れで一人いるのは少し恐いとにっかりに本体を借りていることもあったがそれを妬んだのは、きっと俺だけじゃない。「嫉妬はよくないよ」なんて言ってるやつもいたが、自分はどうかとそれとなく勧めているのを見たことがある。主は柔らかく断り、頑なににっかりにお願いしていて、流石のにっかりも頬を染めながら喜んでいたことは記憶に新しい。

「頼りにされているみたいで嬉しいね」
「みたいではなく、しているんですよ」

いいなあ。俺もそういう逸話があればなあ、なんて思ったりもした。





「少し、部屋にいますが気にしないでくださいね」

時々、主はそう言って自室に籠ってしまう。執務室は刀剣たちが衣食を行う母屋と同じ場所にあるが、主の個人的な部屋は少し離れていて橋を渡って行かないといけない。安全面を考慮して夜は短刀たちが交代して番をしているから、危険はない。それに、主の離れは風流を語る刀剣たちが気合を入れて庭をきれいにしている。主が好きだからと花や木、池なんかもある。その景色が好きなのかと思っていたが、あんまりにも出てこないものだから心配したにっかりが本体を介して主を視た。

主は、ひとり、畳の上で布団も引かずに横になっていたそうだ。最初は倒れたのかを肝を冷やしたが、そうではないようで。丸窓から見える花や、木をじっと見ていたそうだ。何が、そんなに良いのだろう。食事も忘れるくらい、主は自然が好きなのか。それとも時を忘れるくらい何か悩んでいて、苦しんでいるのだろうか。俺は思い切って聞いてみた。

「主ってそんなに花が好きなの?」
「きれいなものは好きよ」

刀身を磨きながら主は言った。柔らかな黒い瞳が、影を落としていた睫毛と共に、そうっと持ち上がる。

「だから見てしまうの」

はにかむように細められた瞳に、頬が少し熱くなる。主はモノをよく見つめる人だったから。
だから俺は照れ隠しのように「…ご飯の時間忘れないでよね」とぶっきらぼうに言うことしかできなかった。


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