“慣れ”とは恐ろしいものだと、僕は思う。
あれほど抵抗を持っていたのに今は、もう。


『お前よく飯なんか食えるな。
俺食欲ないから今日夕飯いらねーや…』


いつもは元気な留三郎も、学年一冷静な仙蔵も、
一番平気そうだと思っていた文次郎も、小平太も、長次も。
みんなみんな、暗い表情をしてご飯に手を付けなかった。


そう、僕らは春に控えている卒業試験のために
本当の戦に行っている。
プロの忍と変わらない、任務。
忍も、普通の人も必要とあらば、殺すような任務。
『伊作に出来るのか?』
なんて留三郎のからかいが、遠い昔のことのようだ。


今日だって戦帰りで、血やら火薬やらの臭いが体中に染みついている。
臭い。血なまぐさい。汚い。自分が。
混乱した戦況の中で沢山の人を斬った。刺した。


「伊作、そこにいるの?」


自分の傷の手当てをしていると、障子越しに同じ戦場に行ったなまえの声。
僕はうん、と返事をして障子戸を開けてあげた。
彼女は紺色っぽいいつもよりうんと暗い色の忍服を着ていたが、
所々破けて、血が滲んでいた。
思わず顔顰めてため息をつく。


「座って。傷を見せて」
「小さなものは平気よ。自分で出来るわ。
でも、伊作、私の、お腹、見て…」


なんの躊躇いもなく脱がれた真っ白な肌に一瞬思考が止まるが、
直ぐに生々しく、痛々しい刺し傷に言葉を失う。
深い、傷だった。苦無で一刺し。


「これは…」
「今日の実習で、ついたの」
「なんですぐ来なかった!?」
「こわかったの」


そういってなまえは俯きながら、手当てしてよ、と涙声で言った。
僕は立ち上がって急いで薬や綺麗な布、そしてお湯を準備してなまえの傷口に触れる。
すると彼女は痛みに耐えるように身体を固くした。


「大丈夫、今、薬塗ったから。
痛み止めの効果もあるよ」
「……う、…」


手当てをしている間なまえは、苦しそうに、泣いていた。
目をぎゅっと閉じて、大粒の涙を溢していた。
僕は何も言わずに包帯を巻いていく。
重い空気に肺がつぶれそうで、息がうまくできない。


「…傷は残るかもしれないけれど、一応終わったよ」
「ねぇ、伊作…」
「ん?」
「今日の戦場は、いつもより混乱していて
誰が仲間で誰が敵なのか、判断が難しかったよね」


人が沢山いて、逃げるものも、追うものも。
いっぱいいて、わからなかったよね。


「ねぇ…人が人を殺すの、どう思ってる…?
伊作は、どう思ってるの…?」


どきりと、した。
たぶん、僕は、


『よく飯なんか食えるな』


留三郎の声がこだまする。


『え?留三郎食べないの?』
『正直あの実習のあとに、飯なんか食える気がしない』
『……』
『伊作はもう、慣れたんだな』


――慣れた。


「ねぇ、伊作。
この傷、あなたがつけたのよ」


back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -