忍者だった頃の君は、大人しくて控えめで
こっちが心配してしまうくらい優しい女の子だった。
でも、自分の意思をしっかりと持っていて、意外と頑固。
一度決めたらてこでも動かなくて、俺はいつも少しだけ困っていた。
俺は彼女のそんな所が好きだった。


「兵助」


柔らかい声色でそう呼ばれる自分の名前は特別に聞こえて、
胸に温かい風が吹き込んでくるようだった。


「私、プロのくノ一になる」


四年生の終わりに告げられた言葉。
色の授業が始める五年生は
行事見習いのくのたまが続々と自主退学していく境目だ。
演習もより一層厳しくなり、実際に戦場にもいくことにもなる。
だから、辞めていくくのたまも忍たまも多い。


綺麗じゃいられなくなる。


「だから、お互い卒業できるように頑張ろうね。
兵助もプロになるんでしょう?」
「…うん。
戦場にも行くことになるって。色々気を付けないとな」
「ね」
「なぁ、なまえ」
「うん?」


色の授業。
知らない男がなまえを抱く。
知らない女を俺は抱く。
つまり、そういうことだ。


「俺は、なまえが好きだよ」
「私も兵助が好き」


好きだから、堪えられない。
切り捨てるべきなんだと。
今の俺たちにはこのまま一緒にいることは難しい。
でも、覚えていて。
俺が愛したのは君だけから。


「好き」


そう言ったのはどちらか。
俺は少しずつ彼女との距離を詰めて、彼女もそっと近づいてきて
その薄桃色の唇に、触れた。
最初で最後の口づけ。胸が痛い。


「兵助」
「うん」
「兵助、…へいすけ……へぇ、すけ…」


なまえの震える手をぎゅっと握った。
氷みたいに冷たくて、俺の指先まで冷えていくようだった。
熱が奪われていく。でも、なまえだから、良い。


好きだよ。好きだ。
誰よりも、何よりも。大事ななまえ。
俺の、好きな人。初恋の人。


「さようなら」
「うん、さよなら」


誰かが言っていた。
さようならは、別れを惜しむ言葉だって。
なまえもそうだろうか。俺は、そうだよ。


遠くなっていく桃色の忍服は、花を思わせた。
そして小さく、小さくなって、見えなくなった。
息が止まりそうだ。
震える声で、泣きそうな顔にほんの僅かに微笑みを浮かべていたなまえ。
男子たる者、そう簡単に泣くものじゃないと、分かっているのに
あの彼女の表情を思い浮かべただけで涙が一粒零れ落ちた。


今、一人で泣いているのだろうか。
同じ気持ちでいるに、
こんなにもお互いが好きなのに。さようならをする。


「…苦しいな」


息ができない。
桃色の花が瞼の裏にいつまでも焼き付いて離れない。


もし、もしも。
なまえがくノ一を目指さなかったら、行事見習いだったら、
俺が忍者を目指してなかったら、
一緒になることが出来たのだろうか。

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