ふびんなることいできたり






盛りの夏も過ぎ、光の色が一段薄く淡くなった。
日の高いうちでもいくぶん風も冷たい。
寝苦しさと闘っていたのも少し懐かしく感じるほどに過ごしやすい日々の続く中、珍しく目の前の男の目元には色濃い影が落ちている。
武士は食わねど、を絵に描いたように、不調は滅多に表に見せない土方だが、その珍しい様子に山崎は声をかけた。

「どうしたんですか副長」
「ああ?」
「失礼ながら、顔色が」
「そうか?……別に何でもねえよ」
「そういえば最近少し、召される酒の量が」
「……いや、ちょっとな、呑みたいときもあるってだけだ。
お前が心配するほどじゃねえよ、大丈夫だ」
「ですが」
「……もう少ししたら慣れると思うんだがな……くそ、総司め」
「?」
「いや、なんでもねえ。ひとりごとだ」

消え入りそうな声でそう言い終わるや否や、ぐったりとした土方とは対照的に
存在感のある足音が近づいてくる。
襖が開くのと同時に、差した太陽の光をそのまま背負ったような近藤が姿を見せた。

「トシ、客人がみえたぞ」
「あ、ああ。入ってもらってくれ」
「それでは私は茶を」
「それはさっき斎藤君に頼んだから大丈夫だ。山崎君にもいてもらいたい」

言うと背後の男たちに席を勧める。

「それでは早速お話を聞かせていただこうか。まあ、堅苦しいのは抜きにして、
率直にお聞かせいただければありがたい」

に、と近藤は目元から大きく笑った。






「――失礼する」

斎藤が襖を開けると、そこには盆に載せた湯呑の数よりも、二人分少ない人数が座っていた。それも見知った顔ばかりだ。

「ああすまない、次の約束が出来たとかで、思いのほか早くお帰りになってしまった。
しかし色良い返事がいただけたぞ。これで当面やりくりに頭を悩ませることはない」

心底嬉しそうな顔で近藤は言う。
上役自ら金策に頭を下げて回ることがなくなった安堵よりも、隊士たちに気兼ねなく、腹一杯飯を食わせてやれることが嬉しいのだろう。
近藤が金子の話をしても不思議と濁った欲の色をまったく感じさせないのは、
人柄とともに持って生まれた希有な才だ。その分少し楽観的なところの過ぎる御大将の言葉にも、今回は違わぬ結果が出たようだった。
こちらに不利な条件はすぐにかぎつける土方も今は穏やかに口の端を上げている。
斎藤も胸を撫で下ろした。

「それは何よりです。皆の働きに報いることができるなら、これ以上のことは」
「まったくだ。ああ、せっかく淹れてくれたのだから皆でいただこう。座りなさい」
「いえ、しかし」
「いいじゃないか。さあさあ」

満面の笑みで言われては逆らえない。
しかしこのように、交渉事が万事うまくいくことのほうが稀なのだ。水を差すようなことをして、この笑顔を曇らせるのは野暮というもの。
普段なら隊務が時間がと口さがなく言う土方も、座っていけと足元を顎で示した。

「……では失礼します」

昼間から幹部の皆で茶を啜るのも珍しいことではあるが、日が暮れてから酒を交わすときほどに破目を外すこともなく、隊務に関わる話も和やかに進む。
こういった時間も悪くない、と思ったそのとき、はたと近藤が思いだしたように言った。

「そういえば明日だが、トシはまだ忙しいだろう。
護衛だけということなら、総司と斎藤君に来てもらうのはどうだろうか」

とたんに土方の眉がぴくりと上がる。

「……いや、俺が行く」
「そうは言ってもだな、そう長くもかからん顔見せのようなものだ。
物騒な話にはならんだろうし、なったとしても総司と斎藤君なら安心だろう。
ああいや、トシの腕を信用しとらんということではないぞ。
ただあの場所は金木犀の美しい庭もあるしな、そろそろ見頃では」
「……近藤さん」

はあ、と目を伏せて土方がため息をつく。
なにかに勘づいたらしい山崎は口元だけの笑顔のまま徐々に視線をあさっての方向に移しだしたが、それにはまだ気づかない斎藤は不思議そうに顔を上げた。

「いえ、明日は使いに出なければならない用もあります。
それに隊務のついでに花見などと、そのようなことは」
「いやいや本当に、ただの顔見せなのだ。そうかしこまった用でもない。
晩には顔を出さねばならん店もあるし、帰りは二人でゆっくりできるだろう」
「……近藤さん」
「?いや、それでは護衛の意味が……それに総司も明日は昼の巡察が」
「それは平助にでも代わってもらうよう俺が言っておこう」
「しかし」
「近藤さん!」

額に手をやったままうなだれた土方がついに声を上げた。山崎は目の前の光景から目を逸らすかのように先程よりもずっと遠くを見つめている。
二人の様子に、近藤は慌ててああ、ととりなすように言った。

「まあたまにはいいじゃないか。いつも忙しくさせているのだから、これくらいは」
「いや近藤さん、そうじゃなくてな」
「堅いことを言うなトシ。だいたいあれだ、こういうのは武士の間では昔からままあることだ。ひどく珍しいということでもない。
まあ総司と斎藤君がというのは少し、少しな、驚きはしたが、しかしそういうことならば」
「な、」

遮る、というよりもただ反射的に声を上げてしまった斎藤は、二の句が継げぬまま
目を見開いて固まっている。と、瞬時に首から耳まで朱に染まった。
どうやら何かが伝わったようだ、というのと、なんだ気づいていなかったのか、という両方から、土方と山崎はその様子をただ茫然と、憐れみを込めた目で眺める。
斎藤はしばらく金魚のように口を開きかけては閉じ、を繰り返していたが、
何度かの後、目を泳がせながらようやくもごもごとつぶやいた。

「……局長……そ、そのようなこと、は」
「そう隠さずともよいのだ、好き合った相手がいるというのは、この時世には僥倖というもの」
「好……っ」

斎藤の声が裏返る。
ああもうだめですね、とさわやかな笑顔を保ったまま山崎の眼はとうとう虚ろになり、
土方は誰かどうにかしてくれ、と目を閉じて天を仰いだ。
と、そこに天の助けの無遠慮な足音が近づき、止まる。
すぐに勢いよく、がらりと襖が開け放たれた。
「あーいた土方さん、さっきからずっと源さんが探して――
って、なにみんなで仲良くお茶なんか飲んで。あれ、一くんどうしたの?顔赤い……」

とどめを刺そうかという不穏な気配に約三名が目を伏せる中、近藤はひとり晴れやかな顔で総司を迎え入れる。

「おお総司、噂をすればだな!どうだ明日、斎藤君と一緒に護衛についてくれんか」
「近藤さんの護衛ならそれはもちろん。おまけに一くんと一緒なら喜んで……あ、でも明日の昼って巡察が」
「俺が代わってくれるよう平助に頼んでおくぞ」
「わあ。じゃあ明日は、」
「総司」
今度は明確な意志を持った声で、斎藤が遮った。
「なに一くん。そうだ一緒に護衛って――」
「ちょっと来い」
「え、」
「いいから来い!!」

そのまま総司の腕を引くと、引きずるようにして部屋の外へ連れ出す。
音を立てて後ろ手に閉められた襖の向こうからは何やらぼそぼそと言い合う声がうっすら聞こえるが、近藤は気づいているのかいないのか、ただ満足そうに笑っている。

「若いのはいいなあトシ」
「……わりい近藤さん、俺ぁちっと頭痛が」
「それはいけませんすぐに薬を」

一刻も早くここから離れたい二人は立ち上がる。
襖の向こうでなにやら言い合っている斎藤と総司の声も足音とともに徐々に遠ざかり、
そろそろ襖を開けても……と山崎が手をかけたそのとき、総司のひときわ大きな声が響いた。
「ちょ、うわ、なに一くん―――いったぁっ!」

開きかけた襖をもう一度ぴったりと閉め、土方と山崎は無言で蒼い顔を見合わせる。
土方の酒量はしばらく減ることはないだろう。
あとどれだけもつだろうかと、山崎は薬箱の中身を頭の中で数え始めた。








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題は「不都合なことがおこった」という意味だそうで。まったくだ!
監察任務でいろんなものを見てるであろう
山崎のスルースキルは隊内一だと思います。
あと総司限定で暴力的なはじめくん萌え。
(照れ隠しだと思っているので総司は全然懲りません)





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