火の花のあと




金属のバケツの中央で、ろうそくの炎がゆらめいている。
手に持った一本の先をその先端に近づければ、しゅっとかすかな音がして煙とともに小さく火花がこぼれ出す。
青紫から赤へ染まった端がいつしか丸く玉になり、じりじりとふるえだしたそのとき。

「一くん、なにしてるの」
「……線香花火だ」

顔も上げずに斎藤は答える。と、背後からは平助の笑い声に、永倉の「うおっ」という叫び声。

「おーいお前ら、ついたぞー!!」

原田の声に揃って振り返ると、地面に置かれた吹き上げ花火から
しゅうと流れるような火花が飛び出してきたところだった。
空に上り、滝のように流れて落ちるそれが、青から緑、黄から赤へと次第に色を変えていく。

「へえ」

隣で総司が声を上げ、斎藤も目を見開いた。辺りを明るく照らした火は蛇口が締まるように徐々に勢いをなくしていくが、
並べられた次の筒からはすぐにまた別の火花が噴き出す。

「うおーすっげ!」
「なー!」
「おいお前ら、もうちょい離れろ!」

土方に追い立てられる平助も視線を外そうとはしない。火薬の匂いと風に乗り流れてくる熱気。
打ち上げ花火とはまた違い、こういうのもいいものだなと斎藤は思う。





夕食後、揃って出かけようとしたところで浜は花火禁止だよ、と旅館で注意されたがそのぶん、
気のいい女将が今は使っていないという駐車場を貸してくれた。
一緒に借りたバケツに水を入れて下げ、もう一つの小さなバケツにはろうそくを立てて囲んでいると、
はるか昔に家族でこんなことをしたような、と懐かしいような気持ちになる。
新鮮なのは潮の匂いがする海風と、隣に座っている慣れないそぶりの総司の顔と。

しゅ、と小さく音を立て、眺めていた花火が闇に消えてしまうと、総司はまた斎藤の手元に視線を落とす。

「あ、消えちゃってる」

残念そうなその声。ふむと斎藤は次の一本に火をつけた。

「あんた、花火はしたことないのか」

その言葉に、うん?と総司は顔を上げる。

「うちは親が忙しかったから。近藤さんが花火大会に連れてってくれたことはあるけど、こういうのはあんまり」

そう言う視線は、また手元の火花に吸い込まれていく。不思議そうに、でも楽しそうに。

さっきまで手持ち花火でじりじり土方を追いかけ回し、スマートフォンであれこれ写真を撮っていたのに、
永倉たちが大ぶりな花火に手を出し始めると手持ちぶさたになったようだった。からかいに来ただけかと思っていたけれど、
こうしておとなしく一点をじっと見つめている姿は不思議と可愛らしく見える。

「一くん地味なのが好きなんだね」
「趣がある」
「そうこういうとこがおじいちゃんぽいっていうか」
「なにか言ったか」
「ううんべつに……あ」

そのとき、こよりの先で熱を溜めた玉は火花を出すその前に、ふっと音もなく地面に落ちて消えてしまった。
終わっちゃった、と不満げな声に、斎藤は手の中に残っている二本のうち、総司に一本を差し出す。

「やる」
「……まだあったの」
「これで最後だ」

持たせて、先にろうそくで自分の花火に火をつける。煙とともに一瞬激しく燃えた火を、黙って総司のそれに近づけた。
弱々しくなった火花が消えるその前に火を移すと、揃ってこよりの先には見事な火の玉が出来上がる。
息を詰めてそれを見つめていると今度こそ、ぱしぱしとその周りをかすかに火花が囲み始めた。

「……きれいだね」
「ああ」

応えながら、はぜる火を見つめる沖田の横顔を花火を見ているふりでのぞき込む。
こんな顔もするのかとふと思った。あ、とごくわずかな風にすら、消えないように手のひらで囲い込んで。
竹刀を手に対峙するときともふざけながら隣で並び歩くときとも違う顔。
目を細めいとおしそうに、大事なものを見守るような。

火花は次第に大きくなる。
もっと長く続けばいい。ずっと消えなければいい、この火が。

「あ」

華やかな光を最大限に吐き出したあと、これ以上大きくなりようもないほどに膨らんだ玉がぽとりと落ちて、
あたりはろうそくの灯だけがかすかに残った闇に変わる。とたん、隣にある総司の気配が濃く近くなった気がした。
人の肌がもつ熱気に誘われるように、斎藤はまだ名残惜しそうな総司の横顔をじっと見つめる。
背後ではパン、とねずみ花火の弾ける音に、三人ぶんの笑い声と、土方のいい加減にしやがれと叫ぶ声。

遠くなる四人の声を聞きながら、斎藤は真横にある頬に唇でふれた。
ひゅ、と、一瞬息を呑んだ総司には知らないふりを貫いたまま。

「はっ、……じめ、くん……?」
「なんだ」
「……今、の」

返事はしない。
斎藤はもう消えてしまった線香花火の先をただ見つめる。持っていた火はちゃんと移したはずだ。それでも。
胸の奥にちり、と火花が小さく散って、それから熱を持って膨らむ。
まだ落ちない。消えないまま。











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とにかく人目を忍んでこっそりいちゃついてればいいなと・
もう1回くらい、闇に紛れて斎藤が奪ってくれたらいいなと思っていたりします






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