望みをひとつ




しんしんと、外では雪が降っている。
傍らの火鉢の熱も頼りない。覗き込むとそれを察したかのように炭が赤く色をともした。
京の冬では毎日のこととはいえ、日が暮れると特に寒さはひどくなる。
障子一枚隔てただけでは外と変わりもしないのか、洗濯物を畳む指もなにやらうまく動かない。
はあ、と斎藤が指先に息をかけたところで、隣で寝転がっていた総司がほんの小さく身じろぎをした。
すぐに、ん、と目を覚ます。

「総司。起きたか」
「寝てた?」
「少しの間だ」
「……そっか」

ごしごしと目をこすりながらしばらく宙を眺めたあと、ようやく身を起こす。
寒い寒いと部屋に来て丸まったと思ったらこのとおりで、この寒さでよくうたた寝などできるものだと呆れながら、
それでも何故か少しだけ勿体ないような気になった。
当の本人は素知らぬ顔でぽつりと言う。

「……おかしな夢見ちゃった」
「そうか」
「どんなって訊いてよ。もう」
「そうかどんな夢だ」

聞き流しながら、黙々と手を動かす。

「なんか皆で一くんをお祝いしてる夢」
「……なんだそれは……」
「いや、僕にも意味がわかんないんだけど。でも楽しそうだったし、悪くないなって」

そう言う総司の口の端はわずかに上がっていて、ふむ、と言葉の意味をもう一度なぞる。
と、突然総司はこちらに向き直った。

「一くんさ、なにか僕にしてほしいこととかない?」

珍しく真面目な声で正面から総司は言う。

「なんだ突然」

目を丸くして答えても、総司は動じない。

「いや、なんか一くんに皆で物あげたりとかしてる夢だったんだよね。
よく考えたらそういうこと、ちゃんとしたことないなあって思って」
「別にいらぬ」
「って、言うと思ったけど。でもそうやっていつもいろいろしてるんだし」

そう言って、ちらりと総司は斎藤の手元に目を落とす。
言われてようやく、ああ、と思った。こうしたこまごまとした雑用は放っておけば誰もやらないので
(それでもさして支障はないのだろうが)目についた自分がやっているだけのことだ。
誰に礼をされるようなことでもない。
隊の皆が滞りなく過ごせること。それを整えるのも自分の仕事のうちなだけだ。
けれど総司は言い出したら聞かないのだし。

「だからなにかしてほしいこと」
「……してほしいこと」
「そうそう」

身を乗り出して言われ、ふむ、と思考しながら斎藤は斜め上を睨む。
即座に頭に浮かんだのは手合わせの相手だが、総司がこのようなことを言い出す機会はなかなか貴重だ。
ならば。

「……副長の話を素直に」
「それは却下」
「では食べ物の好き嫌いをするな。特に葱を」
「あれは食べものじゃないから」

笑顔を寸分たりとも崩さず総司は即答する。

「……それではもう少し、味つけのまともな飯をだな」
「それはもうできてるでしょ。ま、皆の好みとはちょっと違うのかもしれないけど」
「あんたは……」
「だからー、そういうんじゃなくて。一くんが僕に、してほしいこと。ないの?」

言いながら総司はひょいと斎藤の手を取る。そのまま、指先をあたためるように包み込んだ。
剣筋は力強いが、それを振るう手は不思議と繊細ささえ感じさせる。案外と細く長い指に大きな手のひら。移される熱。

「……そのようなことは」

つい視線をさまよわせると、総司は腹に一物ある顔で笑う。

「だからたとえば、」

言葉とともに手首を引かれる。
総司の胸元に倒れ込んだ体をそのまま抱きすくめられた。頬にあたる、総司の着物の感触。
ひやりとしたその布の下には厚みのある身体が隠されている。直に触れたそのときを思い起こしてしまい、
鼓動が少しずつ速くなるのに気付いたのかそうでないのか。
続いて耳元で「もっとこういうとこ触ってほしいとかさ」といたずらな声が低く囁く。

「……っ、な……!」

顔を上げようとしたところで、首筋にぽつ、とほのかな熱が当たった。

「っ、ん……っ」
「こことか」
「な、総……っ、あ!」

より襟奥をついばまれてぞくぞくと甘い熱が背筋をかけのぼる。
さらに総司は鼻先で髪の間をかきわけると、肌に顔を埋めて、は、と息をついた。
いつしか腰に回されていた腕に力がこもる。

「……っ、総、司」
「うーん。ようやく、かなあ」
「っ、なにが、だ……」

上がった息のまま、かろうじて声を上げる。また耳元で「ちょっとあったかくなった」と総司は笑った。

「もっとあっためないと」
「……っ、こ、ら」

調子に乗るなと眉を寄せながら、それでも抱きしめてくる腕を振りほどくことはできない。
じっと総司の胸元に顔を埋めたまま、たしかにあたたかい、と思った。
ふたつの体の間で生まれた熱はどちらからきたものなのか、それはもうわからない。
浮かされたまま目を細めると総司は続ける。

「で、一くんはこれからどうしてほしいのかな」
「……質問を勝手に変えるな」
「もう細かいなあ。じゃあほんとに、一くんが僕にしてほしいこと、なに?」

体勢のせいか、繰り返される言葉はなんだか癪に聞こえる。
こっそり唇をとがらせながら、総司の背に腕を回した。胸元でとくとくと続く鼓動。

「……もう少し」
「ん?」

「――……もう少し考える」


つぶやいて、身をゆだねたまま目を閉じる。だからこのまま、と、その先は口にしない。
ふうん、と笑いまじりの返事のあと、大きな手が黙って髪を撫でてくる。
ぱち、とかすかに炭の爆ぜる音だけが響いた。あたたかい。
この部屋の、この腕の中だけは。








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