お菓子の代わりは




昼休みの屋上は見事に晴れ渡っていた。
ゆるく吹く風は明日から寒くなりそうなぎりぎりの冷たさで、
さんさんと降る陽の光と合わさればちょうどいい。
沖田は空になった手元のコンビニ袋をくしゃりとつぶした。
かさかさと、それをわずかな風が撫でていく。

うん、と大きく伸びをすると、隣に座る斎藤の、その向こうを覗き込む。
もう昼食も食べ終わってしばらくたつのに、
屋上で食おうぜ、と言った張本人の姿がない。



「ねえ、平助遅くない?」
「……知らん」
「おう、わりわり!」


噂をすればなんとやらだ。
ばん、と音を立てて扉が開く。
姿を見せた平助は、上着なしの制服に黒いマントを纏っていた。
それからオレンジ色の尖った帽子も。


「……何そのかっこ」
「え、ハロウィンだよハロウィン」


得意げに、平助はにかりと笑う。


「あー、あったねそんなの」


なんか、街中にやたらとかぼちゃが並び出す日が。
ぺらりと薄っぺらく光る帽子のオレンジを見つめながら、
沖田はふと思い出す。
視線の先を感じとったのか、平助は
「これぜんぶ100均なんだぜ」と胸を張った。ふうん、すごいね。
お義理の返事をしたそのあとで、隣の斎藤にちらりと沖田は目をやる。



「一くん、ハロウィンてなんの日か知ってる?」


目を丸くしてじっと平助を見つめているその様子に、
にやにやと問いかける。
と、「当たり前だ」と自信満々な答えが返ってきた。


「仮装して菓子を要求する日だろう。
相手が脅迫に応じない場合は、悪事をはたらいても許される」
「…………脅迫に、悪事ね………」


一体なにで調べたのかな。
ソースを確認する前に、平助は問題点をいろいろとすっとばし
「そうそう!」と明るい声を上げた。



「校長がいちばんゴーカなのくれてさー、原田せんせーと、あと千鶴も」


がさがさと、ポケットを探り戦利品を取り出す。
それを見ながら、こういうことにいちばん熱を上げそうな人物の
名前が出ないことにふと気がついた。


「永倉先生は?こういうの好きそうなのに」


するとすぐに平助の表情は曇り、
「あー…」とそれは、痛いところを突かれた顔に変わる。


「最初一緒に回ってたんだけどさ、
カッコがこわすぎてみんな逃げちまうから」

「え、何着て……まああの人凝りそうだけど」

「いや、――準備の時間がなかったみたいで。
ジャージの上から剣道の防具つけて、頭からでかい柔道着かぶってさ。
んで竹刀持ってすっげー速さで追いかけてくるんだよね」

「……それただの妖怪だね……」

「みんなうわあとかじゃなくてヒィって叫んで逃げるんだよなー。
お菓子くれとか言っても誰も聞いてないから、もうひとりで回ってきた」



でもそんで正解、と平助はにんまり笑う。
平助って結構大らかっていうか
気にしないよねいろいろ。といつも思うけれど言いはしない。
それで助かってるところも大いにあるので。

今もこちらには目もくれず、膨らんだポケットを漁っている。
収穫を確認して腰を下ろそうとした平助は、
あ、と思い出したように声を上げた。


「そうだよ忘れてた!お菓子!」


こちらに向かって、堂々と手を広げる。……ほんとにさあ。

仕方ないのでカーディガンのポケットを探り、
いつから入っていたかわからない粒ガムらしきものを手渡した。
とりあえず、形はちゃんと保ってるのでまだ大丈夫なんじゃないかな。


「はいどうぞ」
「……わーいらねー……」
「贅沢言わないでよね」
「じゃあはじめくんも!」


そう言って伸ばされた手に、斎藤はしばらく思案する。
すぐにブレザーのポケットから、小さな細長い袋を取り出した。


「やる」
「……これって」


アルミのそっけないパッケージは、かすかにうがい薬の匂いがする。
これはたぶん、お菓子売り場じゃなくて薬局の棚にあるやつで。


「……医薬品じゃないの……?」
「飴だ」
「えー」
「風邪の予防に良い」
「うん、まあ、そーだな……」


ぱちぱちとまばたきを繰り返して、平助は黙ってそれを受け取った。
すぐに、「じゃあおれもうひと回りしてくっから!」とにかりと笑う。


「総司も回ってこればいいのによー。
男ばっかでも、案外もらえるもんだぜ?」
「やだ面倒くさい」
「えー、これ貸してやるからさあ」


と、かぶっていた帽子を沖田の頭に乗せる。
眉を寄せても気にもせず、平助はマントをはためかせて屋上を出ていった。


「――だって。度胸あるよね、平助」


風紀委員の目の前で。
言わずともわかっているかのように、ふうと斎藤は息をつく。


「まあ、永倉先生もというのならば、
 昼休み中だけは大目に見て――」


と、口にしたところで校内放送が入った。

『2年2組の斎藤、風紀委員室まで来てくれ』と言う、
不機嫌な声は土方のものだ。
どうやらちょっとした平助たちの悪ふざけは、
結構な大事に、なってしまった気配がする。


「……平助捕まえに行くの?」
「さあ、どうだろうな」
「じゃあまだ今なら、僕も大目に見てもらえるかな」


立ち上がった斎藤に、沖田は声をかける。


「一くん、お菓子ちょうだい」

にこりと笑いながら、眉を上げている斎藤を見上げる。
この借り物のオレンジ帽子は、ギリギリ仮装、になるのかな。
―――ルール的には、間違ってないはずなんだけど。
「さっきのあれじゃないやつね」と先手を打つと、
案の定「ない」とあっさり返ってきた。


「もう。……お菓子くれなきゃいたずらしちゃうよ?」


わかるよね、と意図をこめて目を細める。
子どもがするようないたずらなんかじゃすまさないけど。


……とはいえ。
きっといいとこ、馬鹿なことを、と呆れられておしまいかな。
そう頭の奥でふと思う。まあちょっとした冗談だとして。

けれど斎藤は、しばらく返事も返さぬまま、
じっと黙って沖田を見つめた。
背後の青空をゆっくり雲が流れていく、その間。


怒られるならまだしも、なんの反応もないっていうのは。


いつもわかりやすいだけに、
予想と違う反応には急に不安にさせられる。
まずかったかな、と沖田は目を瞬かせた。

一瞬の後、ふいと斎藤はこちらに背を向ける。



「そんなに欲しいなら、帰りに取りに来ればいい。
 ―――家にもあるかはわからないが」



しれっと斎藤はそう言って、扉の向こうに消えていく。
ぞんざいなつくりの紙の帽子は風にからりと音を立てて落ちた。

―――うわ。

あっさりと、悪事の許可をもらえたことに目を見開いて
ついついごくりと喉を鳴らす。
これからつかまるんだろう平助に、少しだけ感謝しながら。
そこらのお菓子なんかより甘くていいものがもらえるなんて、
本当に、かぼちゃ祭りもばかにできない。













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