雪闇







夜の巡察から戻ると、自室に小さく灯りがあった。
何故、と思うまでもない。来ているのか。
廊下からほんの小さく見えた橙の灯に、無意識にほ、と息をつく。







雪の気配は空気でわかる。頬を刺す冷気の鋭さが、降る日と降らない日では比べ物にならない。
日中から今日はきっと、と思っていたら案の定、日が落ちるのと同時に粉雪が舞い始め、屯所を出るころには闇にほの白く光る雪が地面にうっすらと積もっていた。
明日の朝には辺り一面を埋めるのだろう。


歩き慣れた通りはしんと静まりかえっていて、不逞浪士どころか人ひとりの気配すらなかった。
こう寒くては犬猫ですら顔を出さない。
音もなく降る雪だけが静かに舞っていて、見慣れたはずの景色が清められたように美しく見えた。
ただ白いというだけでこのように違うものかと目を見張る。
そして普段よりも広く感じられるその場所には、じゃり、と薄雪を踏みしめる自分の足音だけがやけに響いて、そのたびこの真白い世界で、自分だけが異物なのだと思い知らされるような気がしたのだった。







帰り着いた屯所も、建物ごと寝静まったかのようにひっそりと夜の闇に溶け込んでいる。
障子を開けると、照らされた薄明かりからひょいと人影が顔を上げた。

「総司」
「おかえり。……あれ、驚かそうと思ったのに」
「灯りが見えた。それに、あんた以外にいないだろう」
「そう?まあ、そうじゃないと困るんだけど」

とうに敷かれた布団の中から、肘をついて総司はくすくすと笑う。
その言葉には応えないまま、襟巻をとり羽織を脱ぐ。冷気がまた一段と肌にしみるように迫った。
刀を置き、帯に手をかける。その途中、ふと横顔に視線を感じた。手を止めてちらと目をやれば、斉藤が夜着に着替える様子を、総司は餌を待つ犬のようにじっと見ている。

「……今日は何故」

見るな、と言うのもどこか気恥ずかしい気がして、視線を戻すと無理矢理に話題を探す。
袖を抜き畳に目を落とせば、襟巻を外した拍子にはらりと落ちた雪のかけらは溶けずにまだ残っていた。

「来ちゃだめ?」
「そうではないが」

来ること自体はさほど珍しいことでもない。自分が総司の部屋へ行くこともある。
けれどこの面倒くさがりな男が自分で布団まで敷いて、あからさまに待っていることなど。

「一くん寒いかなって思って。こんな夜に巡察なんてさ」
「余計な世話だ」
「冷たいなぁ。人がせっかく」
「正直に言え」
「はいはい。こう寒いと、ひとりで寝たくないんだよね。
 でも一くんだってそうでしょ?」
「……あんたがいると狭くてかなわん」

もう、と総司は呆れたように息をつく。
それに背を向けながらおとなしく布団に入ると、「もっとこっち来てよ」と背中から抱き込まれた。
ひとの持つ温度に包まれて、もう感覚がないほどだった手足の先が溶かされじわりとしびれる。
見透かしたかのように伸ばされた腕の先が、背後から斉藤の手をとった。
両手に挟み、ぎゅうと握る。耳元からは笑い混じりに責める声。

「ほらつめたい。足も」
「仕方ないだろう」
「僕がいてよかった?」
「……」
「あれ、返事は?」
「……」
「ねえ」
「……悪くはない」

そっかあそんなに喜んでもらえてうれしいなあ、来た甲斐あったなぁ、と
わざとらしい声で総司は続ける。

「……総司」
「あれ怒った?」

答える必要はないので黙っておく。
くすくすと耳元で響く笑い声が大きくなった。

「一くんはなんでそう、変なところで思ったこと全然……言うときはびっくりするくらいはっきり言うのにさ。
そういえば寒いとかも一切言わないよね」
「言ったところで変わらぬことを、口にしたとて無駄だろう」
「そりゃそうだけどさ」

それにはっきりと言ったところで、あんたのその物言いだって変わらない、と、
その言葉もまた思いのままで胸の内に留め置く。
総司は握り締めていた手を緩めると、「ちょっとあったかくなった」と言いながら指先を絡めた。
形を確かめるように爪の先を順に親指の腹で撫でる、もてあそぶようなその動きが
黄の光に照らされるのをぼんやりと見つめる。
されるがままに任せていると、ぽつりと熱が首筋に落とされた。





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