the only one for me 









がたんごとん、と、年が明けたところで何ひとつ変わらない列車の揺れに合わせて、俯いた平助の頭も小さく前後に振れる。
待ち合わせの駅にやってきた段階ですでにもう、いかにも夜通し騒いでいましたという
目の下の隈と疲れた笑顔を貼りつけていたけれど案の定、
暖房のきいた車内に腰を下ろすと平助はあっという間に舟を漕ぎ出した。
3駅過ぎたところで、未だその頭は上がらぬままだ。

元日朝6時発の各駅停車は、座席がほぼ埋まる位には混んでいるがそれ以上でもそれ以下でもない。
平助と同じように夜明かしした集団が多いのか、人の多さの割に車内は静かだった。
沈没している平助のその横で、総司は肱掛けに頬杖をつき黙ったまま窓の外を見ている。
ボックス席の向かいに座る斎藤の方へは乗車してからずっと、視線を向けようとしなかった。

理由はわかっている。
けれどかける言葉に迷ったまま、斎藤は総司と同じように窓の外を眺めていた。
流れていく窓の外、早朝の空は白の絵の具を溶かしこんだような藍色。

視界の端でかくん、とさらに平助の頭が沈み込んだのをきっかけに、斎藤は口を開いた。

「総司」
「なに」
「……その」
「気にしなくていいよ別に。約束なんて先着順だし」

放つ言葉とは裏腹に、総司の声には隠しきれない小さな棘がある。
まだ拗ねていた。―――やはりか。
はあ、とため息をつきたくなるのを飲み込んで、斎藤は目を伏せる。








冬休み遊ぼうぜ、すぐだしクリスマスとか!と、目をきらきらと輝かせて終業式の教室にやってきた平助に、「24日は予定が」と言ったら一瞬の後、
「じゃあ初詣!!」と返ってきた。
その勢いに頷いてしまったのだが。
いざ年末になり、総司に「1日どうする?」と言われ間髪入れず、「平助に誘われて初詣に」と答えると、とたんに総司の顔色が曇った。




――僕は一くんのお祝いするつもりでやめといたんだけどな、それ。
断っちゃえばいいのに。平助だったら他の誰かと行くでしょ。一緒にいようよ。

――いや。返事をしてしまったし、約束は約束だ。

――……もう。



もっとごねるのかと思いきや、深いため息と一くんのばか、の小さな声の後、「それ僕も行くから」と総司は苦々しげに口にした。
それが本当につい先日、30日のことだった。
それきりメールも着信もなく、そして今日。



今朝最初に会った時の総司は、やる気なくあくびを繰り返しながらも、いつものように顔色の読めない平坦な笑顔だった。
元気があるようには見えないがそう怒っているようにも見えず、普段ほど近寄ってくることはないが、あからさまに無視してくることもない。
少しだけ、なにかを隠しているような違和感をを感じないではないが、それも最後に会った日からの気まずさのせいでないとは言い切れない。
もう大丈夫なのでは、と、思ったところでこの態度だ。


正直、悪かったと思ってはいる。
けれど、ケーキよりもお節料理とお年玉、そのついでの「おめでとう」。
物心ついてからずっとそうだったのだ。
もうこの歳にもなれば、祝って欲しいなどという気持ちなど、薄らいだを通り越して消えかけている。
家族にすら、今さらケーキなど用意されてももう気恥ずかしい位だ。
誕生日なのだという自覚すらあまりなくなっていて――むしろこの日はそういうものなのだと、いつの間にか。





「……今日は来ないかと思っていた」
「やっぱやめよっかなとは思ったけど」
「総司」
「今日会いたかったからさ。それでも。
でも一くん、やっぱりいつもと全然変わんないからなんかちょっと思い出して腹立ってきちゃって。
でもそれだけ」

べつに気にしないで、とまた窓の外に顔を向けたまま総司は言う。
あんたの「べつに」はいつだってあてにならないではないか。
――と、怒ったところで。

「……誕生日とは言ってもその前に元日なのだから、わざわざ祝うことなどないだろう」
「でも僕にとっては違うんだけど」

投げつけるような声。

「正月とかはどうでもいいんだ。一くんにとっては普通の日でも、僕にとっては特別な日なの。
……だって今日がなかったら会えてなかった」

最後の一言は、頬杖をつき口元を隠す右手の中に消えていく。
その語尾の名残までかき消すように、到着を知らせる駅名アナウンスが車内に響いた。
眠り込んでいた平助の頭がとたんにがばりと跳ね上がる。

「ついた?!」
「……ああ」
「やっべ寝過ごすとこだった!……ん?」

交わされていた会話の気配を感じたのか、平助は一瞬目をぱちりと瞬かせた。

「……降りるぞ」
「あ、ああ。うおすっげー人!やっぱ正月だなー」

ホームに溢れる、飲み込まれそうな人混みに向かう。
ついてくるかどうか、背後をいつもより気にしながら平助の後を追った。











初詣、という名の祭りに近い神社の境内では、いくつもの屋台が待ち構えるように並んでいる。
それにずらりと並ぶ人の列と行き交う人波。
何とか鳥居をくぐり参拝を済ませたとたん、平助の目は屋台に吸い寄せられ、ふらふらと足取りもどこかおぼつかなくなった。
これで目的が定まればいつ消えてもおかしくはない。
この状態ではぐれたならば再会するのは一苦労だ。
見失わぬよう気をつけていたというのに、石段の途中で目の前をひと組の親子連れが横切ったその後、追っていたはずの背中はもう消えていた。

慌てて辺りを見回す。振り返れば総司の姿もない。

とりあえず混み合う石段を下りきり、屋台の群れの手前で改めて探してはみるものの、やはりそれらしき姿すら見当たらない。
携帯電話を取り出しかけてみても、どちらも即座に留守番電話の案内が流れ出す。
当たり前か、この人混みでは。

一人になった時はとにかく、移動せず待つのが最善策だ。
流れるように次々と人の降りてくる石段を見上げながらしばらく待つことにする。
するとすぐに、何やら串を手にした平助が片手を上げつつやって来るのが見えた。

「一くん!」
「――平助、」

声を上げると、即座に平助は頷いた。

「ああ、総司なら途中で知り合いに会ったって、向こうでつかまってる。
ちなみに俺はちょっとコレ買いに行ってて。ごめんな、急に」
「そうか。……いや」



それならば、と息をついてふと気が付いた。

順番が。




「平助、その、…………今、何故総司のことだと」
「ああ、」

手にした牛串にかぶりつきながら、なんてことないというふうに平助は言った。

「すぐわかるよそんなの。一くんたちいつも一緒にいるし。
……っていうか学校でもそうだけど、総司がいきなりいなくなったときってすっげー不安そうな顔するから一くん。
ちょっとびっくりするくらい深刻な顔してるからさ、いつも」

まあ、さぼってはいるけど、あいつもそんな悪いことするってわけじゃねえんだし?
いくら風紀委員だからって休みのときまで心配してなくたってさあ、と笑う平助の顔が
一瞬で真顔に変わる。


「……一くん?」
「……」
「すんげー顔赤いけどなんかあった?」
「…………いや」


なんでもない、と口元を押さえる。
その手までひどく熱いように思えるのは気のせいなのか。


「あ、いた」

人混みの中から顔を出した総司は特に探し回っていたという素振りもなく、ふらりと2人の隣に立った。

「なんの話?」
「お前がどっかで悪さしてねえかって話!」
「そっか。たこやきもらったけど平助はいらないってことだね」
「ちょ、おい総司!うそうそ言ってねえって!」
「行こ、一くん」

目の前をカーキ色のフードが横切る。
過ぎ行くその背を目で追いながら思った。そうか。
背後から追いかけて来る、平助の無邪気な声もどこか遠い。

「なーなーこれからどうしような。カラオケとか?
あ、それかあれだ、永倉センセーんとこ突撃しに行かね?
絶対家でだらだらしてるだけなんだからさ」
「平助」
「んー?」
「悪いが用事を思い出した。帰る」
「え!……そっかでも、じゃあ」
「総司もだ」
「……ん?なに、はじめく」
「来い」

言って追い抜きざま、総司の腕を引く。
とと、と何歩かたたらを踏んで、けれどそのまま早足で進み出す斉藤についてくる
自分よりもひと回り大きな気配。
それはがさりと音を立て、反対の手に提げていたビニール袋を最後に平助に押しつけた。

「やっぱりこれあげる。じゃあ、そういうことだから」
「え、なんだよー!」

遠ざかる平助の不満そうな声を背中で聞きながら、きっと総司は笑っているんだろう、と少しだけ悔しいような気持ちになる。
読んでいたようにわざとらしく上がる、とぼけた明るい声。

「なんの用事かなー」
「……祝ってくれるんだろう」
「普通の日だからいいんじゃなかったの?」
「……いや」



手を繋いだ兄弟、制服の中学生の集まりに、年のいった夫婦とその孫。
金に近い髪の男の腕に、絡みつくように寄り添うピンクのジャージの女子高生。
ひしめく人波をかき分けて前に進む。よろめきながら。


これほどの人間が世の中にはいて。
その中で出会えたたった一人の。特別な。





同じことなのだろう、と、ただ足を前に前に、運びながら思った。



1年、365日の中の1日。
年明けに沸く世の中と混み合う神社仏閣、祝うべきは元日で、明けまして、とみな口々に言う中で。
今日の朝、元気があるとは決して言えない様子のそのときでさえ、顔を合わせて開口一番
「お誕生日おめでとう。あと明けましておめでとう」と総司は言った。

――今日がなければ。







「――普通の日だけれど、そうではなかった」

どこへ行こう、と頭の端で考えてはいる。けれど続きが浮かばない。
決めているのは、この腕を離さないことだけ。

「ふうん。……気づくの遅いよ」

おとなしく引かれていた腕の手首をくるりと返して、総司は斎藤の手を捕まえる。
大股の3歩、で斎藤の隣に追い付くと、そのままコートのポケットに繋いだ手ごと引き入れた。

「っ、総司」
「わかんないから大丈夫」

こんなに人いるんだし、みんなお参りすることしか考えてないし。
なんだ、こういう日が誕生日ってわりと悪くないんじゃない?
今日初めての勝ち誇ったような総司の笑顔に一瞬だけ目を見開く。少しの戸惑いと安心と、どきりとするもうひとつの感情。
ふ、と斎藤は目を細めた。
そうかもしれんな、と、聞こえるか聞こえないかの声で呟く。

ポケットの中、ぎゅうと絡められる指は思いのほか温かい。
応えるようにその手を握り返す。
きっと周りに気づかれたりはしないだろうから。
なぜなら今日はお祭り騒ぎのただの一日。
自分と、この手の体温以外にとっては。












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それから総司は「じゃあどこのホテルいこっか」って言ってぶん殴られてればいい。台無しプレイ。
なんだか少女漫画全開になってしまいましたがいつものことですね…。


自分がするのはともかく、斉藤は人にお祝いされたり何かしてもらったりがすごく下手くそなんじゃないかなとか。
でも総司相手にちょっとずつ慣れてったらいいなと思います。
ごく小さいわがままを言われるたび懐かれ感にニヤニヤするんだきっと。総司が。





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