Give me some more







いつの間にか慣れ親しんだワンルームの玄関から、がさがさといくつもの袋が擦れる音が聞こえる。どうやら帰ってきたらしい。
斎藤はぼんやりと眺めていたテレビ画面から音のする方へ視線を移した。

「おまたせ」

そう言ってリビングに入って来る総司の両手に提げられているのは大小さまざまな袋たち。








大体、「7時くらいに来て」と言われたのでやって来たというのに、こちらが着いたとたん総司はちょっと待ってて、と外に出ていってしまった。
どこに行くとも何をするとも聞いていない。
残された部屋で時間を潰して1時間弱。学校帰りでもないので、参考書も文庫本も持っていない。
あたりに散らばっている漫画雑誌はあまり読む気にもなれないまま、普段はつけないテレビのリモコンを押した。
映った画面には赤と緑の装飾が施されたスタジオと、「クリスマス特集」の大きなテロップ。
耳慣れた英語の曲が、ベルの音とともに流れている。


「……どこに行っていた」
「ちょっとね」

総司は上着を脱ぐと、どさどさと手元の袋たちをテーブルの上に並べる。
ふうと息をついてソファに腰かけ、その足元とテーブルとの間を指して手招きをした。

「ねえ、こっち来て」
「なんだ」
「いいから」

その強い口調に、ため息をつきながらも仕方なく言うことを聞く。
待ち構えられている場所に自分から行って座るのもなんだか気恥ずかしく、何度も振り返っては総司をいぶかしげに睨みつける。
が、ものともしない顔で総司はにっこりと笑った。

「はいこれ」

と、背後に隠してあったらしい紙袋から何かを取り出す。

「一くんてあんまり柄物持たないけど、これはいいんじゃないかなって」

その言葉と同時に、ふわりと首元になにかが巻かれる。
端を引き上げて見てみればそれは、紺と緑の格子模様のマフラーだった。

「よかった。やっぱり似合う」
「……総司」
「クリスマスだから」

ふ、と笑う、その目はひどく柔らかい。貰ったはずのこちらよりも嬉しそうな顔。
マフラーを手に取り選んでいる様子まで一瞬垣間見えたような気がして、巻かれた布のあたたかな感触よりもそのことに、どこかむず痒いようなもの慣れない気持ちになってうつむいた。
マフラーに半分顔を埋めたまま目線だけで、覗くように見上げる。
満足そうな顔の総司はテーブルの上の袋に向かうと、がさりと音を立てながら次々とその中身を取り出し始めていた。

「えっと、これはチキンで」

よく見かける、赤と白のパッケージが顔を出す。

「こっちはケーキ。切ってあるやつだけど。あとコーラと一くんがいつも飲んでるお茶。
それから、頼んでたこれを取りに行ってたんだけど。つねさんが――近藤さんの奥さんが作ってくれたから。
やっぱりクリスマスっていったら高野豆腐だよね」
「……総司」
「ん?」
「あの、」
「何か足りない?」
「……そうではない」

心底不思議そうにこちらを見る顔は本当に、目の前の食べ物の山にさらに追加すべきものを考えているようだった。
斎藤は眉間に皺を寄せると、ソファの横に置いてあった自分の鞄をずるずると引き寄せる。
中から小さな袋を取り出した。

「……これ、を」
「え、」
「……世間では、こういうことをするんだろう」

視線を逸らしてつぶやく。
まるで悪事の言い訳のようだと自分でも思ったがどうにもならない。

24日に、と言われて開いた手帳に書かれていたのは「クリスマスイブ」の赤文字で、
それまで意識したことなどなかったそれに、背中を押されるようにして探したものだった。
プレゼント用になさいますか、とやけに明るい声の店員に訊かれ、慣れない言葉に少しだけ戸惑ったのだけれど。

「あけていい?」
「ああ」

喜んでいる、というよりは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔のまま、総司はその深緑の包装を開ける。

「……手袋」
「いつも寒い寒いとうるさいからな」
「っはは。ありがと」

それを早速両手にはめて、確かめるように指を広げる。
腕を伸ばして両手を眺めると、に、と笑った。

「失くしたくないからとっとこうかなー、このまま」
「それではやった意味がないだろう」
「だってもったいなくてさ。……でもなんか変なの。僕はともかく、一くんからもらえるなんて思ってなかった」
「……何故」

総司は手袋を外すと大切そうにそれを重ね、なんかさ、と続けた。

「あんまり興味はないのかなって。一くんの家ってすごい和風だから、クリスマス行事みたいなことするような感じにも思えないし。……今だって、眉間に皺寄ってるしさ」

ねえ、と、斎藤の額を指で辿ってにやりと笑う。
その指先から頭をうち振って逃れると、総司はますます愉快そうにくしゃりと顔を歪ませた。声を上げてまた笑う。

「ほら。全然楽しそうじゃない」
「……っ、それは…!」

言われた通りなのが癪だが、嫌いなのではなくただ慣れていないだけだ。環境的に。
と、声を上げようとして、それよりもと思い直した。

「……あんたこそそんなふうに思っているのに、何故、このように沢山」

言いながらテーブルに向けた視線を泳がせる。
にぎやかなその場所は、一部を除けば絵に描いたようなクリスマスの図で。

「しかも釣り合っていないだろう、これだけでは」

渡したばかりの、グレーの手袋を見遣ってうつむいた。

「なんだ、そんなこと気にしてたの?」
「そんなこととは」
「べつに、僕が勝手にやりたかっただけだからいいんだよ。それに――」

と、総司はそれまで気にもしていなかったテレビ画面に顔を向けるとそのまま黙りこんだ。
つられるように斎藤も目を向ける。
先程から続いている番組のテロップはいつの間にか「恋人へのプレゼントは?」に変わっていて、街頭インタビューなのだろう、マイクを向けられた若いサラリーマン風の男性は「そりゃあちょっと頑張っていいところを見せたいですよ。このご時世でも」と
はにかんで笑った。手にはミントブルーの小さな紙袋。
その穏やかな表情は、どこかで見たものによく似ていて。

「――ほら、そういうこと」
「……それは、どういう……」
「ただのイベントだからさ。
なんでもいいから、かこつけて好きな子が喜ぶとこ見たいだけだよ」
「しかし」
「まだ気にしてるの?」
「だとしたら、余計にこちらも」

未だ眉間に皺を寄せたままもごもごと言うと、総司の声が一段高くなる。

「わあ、一くんも好きな子いるんだ?」
「…総司…!」

ひどく楽し気に笑う声は反省などしていない。

「あはは、いいよ今珍しいこと聞けちゃったから。これでお互い様ってことで。
……あとは、その分これから一緒にいてくれたらいいし」

なにかの意を含んで、その声は急に低くなる。言葉と同時に背後から抱き締められて心臓が跳ねた。
さらりと髪が、耳が触れる。
気付いた瞬間頬が熱くなって、それを無理やり静めるように俯いた。
ふと目に着いた腕時計を見つめながら、何時に帰れば、と冷静なふりで思案する―――ふりをして。
悔しいけれど、と思う。いつの間にか横道に逸れた思考回路を巡るのはただひとつのことだけだった。
一緒にあと、どれくらい。



「そうだ、そんなに気になるならもう一回。今度は平等に交換ってことで」


その声に我に返り、斎藤ははたと顔を上げる。
目の前に差し出されたのは総司の携帯電話。

「これ、あげるからさ」

液晶画面には見知った10桁の番号と、「一くんの家」の文字が見える。
何事かまだよく理解できないまま、それでも手渡されるままそれを受け取った。

と、総司はそのまま斎藤の右手首に手を伸ばす。

「――代わりにこれちょうだい?」

腕時計の黒い革ベルトをひょいと器用に外しながら、「今日は泊まってって」と総司は耳元で囁いた。
ひどく甘い声はしてやったりと笑っている。




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きっと全部計算ずく…! 
甘く短く、を目指しましたがよくある感じに落ち着いてしまい。
とりあえず斎藤を甘やかす総司ということで。 




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