コンビニ







黙々と前を歩く背中を追いかける。背筋の伸びたその背中は、照りつける日差しの容赦なさをものともせず、足の運びに乱れはない。
こちらを振り返りもしない様子に、しびれを切らして総司は声を上げた。

「ねえ疲れた」
「……」
「はじめくーん」
「……」
「ちょっとここ寄っていい?」

熱気を上げるアスファルトから逃げる先を探して、目についたのは「7」の赤いマーク。
厳しい顔でようやく振り向いた斎藤は眉を寄せながら答える。

「駄目だ」
「えー」
「何のためにわざわざ下校につき合ってやっていると思っている。
下校途中の飲食は校則で禁止されている。黙って帰れ」

補習授業が終わったころ、たまたま土方のもとにやってきた斎藤はまんまと捕まり、「同じ方向なら一緒に帰ってやってくれ」と頼みこまれたのだ。
もちろん(特に土方に)従順な風紀委員はそれに従う。
予定されていた補習日程がようやく終わって、ほかよりひと足遅く真の夏休みを迎える総司がきっとなにか問題を起こすはずだと思ってのことだろう。
それならば期待に応えなくては、と目を輝かせている斎藤を横目に、早速総司は別の方向へと思考を巡らせた。
いつも余計なことしかしない土方センセーが、たまにはいい仕事してくれたんだし。

だいたいこの絵に描いたような風紀委員様は、どこかにプログラムが入ってるんじゃないかと思うほど決まりきった動きしかしないのだ。
昼休みも放課後も風紀委員室、または図書室、または職員室で土方の何かを手伝っている。おもしろくない。

こういう子はいきなり家に遊びにおいでって言うと逆に引くんだよね。帰りにどこかに寄ろうよっていうのがいちばんいいんだけど、でもよりによって風紀委員じゃなあ。
心中で総司はひとりごちる。
勉強教えてと言っても「では図書室で」だし、二人きりになれるところでないと意味がない。
機会をうかがっていたところに渡りに船、と思ったが、予想外の暑さに少しへこたれそうだ。
もう手段としてではなく本心から、くたびれた声で総司は訴える。

「でもこんなに暑くちゃ家までもたないよ」
「甘えたことを言うな」
「そういうことを言うから世の中では熱中症の人が増え……あ」

と、ふいに総司はしゃがみこんだ。

「……総司?」

そのまま動かない総司に、斎藤も足を止める。

「……水」
「?」
「水ないとしんじゃう」
「……総司……!」

斎藤の眉間の皺が深くなる。

「適切な水分補給をしないと熱中症の危険性が高くなるんだって。このままここで僕が倒れたら救急車呼ばれちゃって学校に連絡いっちゃって一くんが一緒だったこともわかっちゃうしそうなると土方センセーもせっかく斎藤に頼んだのになってきっとがっかり」
「よし水を買ってくる」
「……早いね」
「だから総司はここで待っていろ」
「えーなにそれ!!」
「体調が悪い生徒のためにやむをえず店に入るのだ。本人は休んでいるべきだ」
「この暑い中にいろっていうの?!その方がひどいでしょ」
「日影にいれば多少は涼しい」
「多少はってそれ暑いのはわかってるんだね一くん」
「いいからそこにいろ」

そう言ってこちらをひと睨みすると、すたすたと店に入っていく。
まったくもって融通のきかない。
後ろ姿を見送ると深々とため息をついて、総司はうなだれた。



「総司?」

斎藤が水を片手に店から出ると、いるはずの場所に総司の姿はなかった。

「……あいつめ」
「誰のこと?」

すぐ後ろで自動ドアが閉まる。うわ、と外の世界の熱気に顔をしかめた総司の手には小さな袋。

「買い食いは禁止だと言ったはずだ!」
「もうさーここまで来たら一緒だと思うんだけど」

言いながらビニール袋から買ったらしいアイスを取り出すと、飲み物のような形が繋がったそれをぱきりと2つに割る。

「はい一くん」
「いらん。……なんだこれは」
「えー知らないのコレ?アイスだよアイス。上噛んでぐるぐるってするとちぎれるから。
そのうち溶けてくるからちょっと待ってれば食べれるよ」
「アイスなのに溶けてしまっていいのか」
「……一くん……」

あわれなものを見る目で総司は斎藤を見つめる。差し出しても一向に受け取ろうとしないので諦めて、1つのアイスの上部を説明したように食いちぎる。
斎藤はその様子を、授業を聞いているときのような神妙な顔で眺めていて、小さい子が初めてのおもちゃ見てるみたい、と総司はと思う。

「ねえ、水ちょうだい」
「……」

しぶしぶ差し出されたペットボトルを受けとると、代わりに今封を開けたアイスをその手に渡す。

「はいこれ」
「いらんと言ったはずだ」
「溶けるとこぼれて手汚れるよ」
「しかし」
「ほら早くしないと」

わざと驚いたように言うと、ためらいながらもそろそろと手を伸ばして受け取った。
突き返されないうちにと、総司はわずかな日影を見つけてしゃがみ込む。
その横で斎藤は立ったまま、飲み口を見つめてただじっと持っているので、
総司は残りのもう1本の口を噛みきりがしがしと暑さで緩んだ中身を握りながら、説明するように目の前で食べ始める。
それを見て斎藤も、手順を忠実に真似ながら、おそるおそる口をつけた。

「おいしいでしょ」
「……冷たい」
「素直じゃないなあ」
「お前は素直すぎる」
「どうもありがとう」
「ほめてはいない」
「暑いねー」
「聞いてるのか」

言い合いながらただ並んで前を向いて、雲のない、高い青い空を見ている。夏の真ん中。
手の中の冷たさは水滴に代わり急速に消えていく。
もうちょっとゆっくり溶けてくれたらいいのに、と思いながら、総司は隣に立っている斎藤を見上げる。

「一くんとコンビニって似合わないね」
「……うるさい」
「しかもアイス付き」
「これは緊急かつ予想外の、」
「はいはい。いいよこんな時間誰もここ通らないし、誰にも言わないから。
……見つかっても僕のせいって言えばいいから、もうちょっとだけつきあって」

ふざけた色のない総司の声に、そんなことは、と、言いかけて、斎藤はそれきり黙って手元のアイスをかじる。
その様子をちらと見上げて、補習も悪くなかったかも、と総司はほんの少しだけ思った。
こんなに珍しい風紀委員様が一人占めできるなら。










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パピ○を知らない高校2年生。
普段はおかきとか食べてそう。




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