本音はいずこ






「そうじ、もうやめるのかよ」
「ずるーい」
「つぎはそうじがおにだろー」
「もう疲れちゃったよ、ちょっと休憩」
「えー」

まとわりつく子どもたちの群れから離れて、縁側に腰を下ろす。
しばらく不満気に頬を膨らませて騒いでいた彼らは、すぐにきゃーと叫び声を上げながら背を向け、散り散りに走り出した。
知らず次の鬼も決まったようで、これでしばらくの間は解放してもらえそうだ。
切り替えの早さに眉を上げながら、ひとりふうと息をつく。


いつしか空も高くなり、あれだけうるさかった蝉の音さえ、音もなく飛ぶ蜻蛉たちにとって代わった。
一年のうち、ほんの一瞬の季節の継ぎ目。この気持ちの良い気候が長くは続かないのはわかっているけれど、そんな感傷さえ蹴散らすように、子どもたちは力いっぱい外を駆け回る。
地面が雪で見えなくなるまでしばらくこれが続くのだろうと思うと、楽しみなような、ちょっとひるむような。

「あの子たちに遊んでもらってた」と言うと、土方などはすぐに呆れた顔をするけれど、実際その通りなのだから別に間違ってはいない。
こちらが大人ぶらなければ、むしろ向こうが「しょうがないから面倒をみてやる」という態度で、よくわかってるなあと単純に感心する。
新入りなのはこっちだし、歳だとかそういうことは、ただ遊ぶためには邪魔にしかならないし。
格が立場がと言い含められて連れて行かれる会合や酒の席の方がよっぽどせせこましくて退屈で、だからずっと遊んでいてもまったく苦ではないのだけれど、人の形をした光の玉が動いているかのような、疲れを知らない小さな生き物に紛れているとさすがに少々息切れもする。
遠く近く響く笑い声を耳にしながらようやく少し落ち着くと、たらいの前から伸びをして立ち上がった斎藤が目に入った。

「終わったの?おつかれさま」
「……少しは手伝え」
「洗濯は上手くないんだよね」
「そういう問題ではない」

目の前では今しがた洗い終わったらしい着物や手拭いが、はたはたと物干し竿に揺れている。
はっきりと表に出さなくとも、満足そうにそれを見つめる斎藤の横顔に口元を緩ませた。なんでほんと、こんな真面目なんだろ。
剣術はもとより米味噌醤油の買い物から繕いものから、出来はともかくとしていつだって手は抜かない。
斎藤ががあの子どもたちと遊んだら、きっと青筋を立てて追い回す全力の鬼ごっこになるんだろう。
土方など目ではない本気の鬼になりそうで、ちょっと見てみたいけど、正直一緒にはやりたくない。
などとぼんやり考えていたら、ひと仕事終えたというふうに斎藤は総司の隣に腰を下ろす。
無意識のうちなのだろう、手を腰に当て、首を前や横に倒しながら息をついているのを見て、何気なく口にした。

「肩揉もうか」

ほんの気まぐれ(少々の下心を含む)とはいえ、我ながら珍しく殊勝な申し出だというのについとこちらを疑わしい目で見る。――どうしてこういうときだけ鋭いのかな。
しかし一瞬の逡巡のあと、「頼む」とおとなしく従った。
履物を脱ぐと縁側に上がって、斎藤の肩を後ろから押さえる。珍しく遮る布のない、襟元から覗く白い首筋が金色に降る陽の光を浴びていて、つい引き寄せられるように、手の甲でそっと触れた。
涼やかな見た目よりずっと熱い皮膚。知っているはずなのに、何度だって欲を掻きたてられる。
怒るかな、と一瞬思ったけれど、予想に反して斎藤は黙ったままだ。
けれど少しだけ振り返りながら横目で射るように睨むその目が、「子どもの前でおかしな気を起こすな」と言っている。
別に大丈夫なんじゃないの、と、そう口を開こうとしたそのとき、見とがめるようにすぐ近くで甲高い笑い声が響いた。しょうがないなあわかりましたよ。

「力が弱い」
「はいはい」
「返事は一回でいい」
「……もう」

やめようかな、と眉を寄せながら、ここで止めるともっと容赦なく小言を言われそうなのでとりあえず手は動かす。
動かしながらじっともの言わぬ背中を眺め、改めて、ああこういう体だったんだ、と思った。
肩も厚いし筋肉も人並み以上についていて、でも不思議と線の細い。手合わせするたび、猫が垣根の上まで一息で苦もなくひょいと跳び上がる、その様子を連想する。
どこに隠しているのだろうと思うあの力。
この着物の下にある大小無数の傷跡といい、よく磨かれた漆器のような佇まいからは想像もつかないことが、近づくほどに見えてきて少し驚く。
けれどそれは隠されていたものが暴かれるというよりは、そうだと思っていたことは間違いなかったのだと、どこまでも裏付けられるようで。

敵か味方か、もっと言えば利用できるのかできないのかだませるのか聡いのか、必要に迫られてとはいえそんなことを瞬時に振り分けながら生きてきたので、自分は単に情報として、人は見た目だとはっきり思っているところがある。
姿形もそうだけれど、墨の端が紙ににじむように、人の形の端から色とも空気とも言えないなにか立ちのぼるものがあって、最初に斎藤に会ったときも、わあものすごく空気読めなさそう、と思ったのだった。
まあ道場破りっていうのがそもそも、とは思うけれど、わかりやすく不器用で、貧乏くじばっかり進んで引いてるんだろうなこの子、と。

蓋を開けてみれば自分の勘に舌を巻くほどその通りで、隣で時間を過ごすほどにその印象はますます揺らぐことがなく、そんな斎藤にもどかしいを通り越して腹が立つときすらあるんだけれど。
でもこのまっすぐ伸びた背骨のひとつひとつを見ていると、なんだかどうにも、と勝手にため息をつきたくなった。
曲がってたほうが楽なときだってあるのに。でもたしかに美しい。

「……一くんて、きれいな体してるよね」

こぼした言葉に、自分で言ってから少し慌てる。いやそういう意味じゃなくて、と、
視線の次は拳が来そうなので付け足すべきか少し迷った。けれど返ってきたのは思いのほか静かな声。

「それを言うならあんたの方だろう」
「え?」
「上背もあるし、手足も長い」
「……それはまあ、そうかもしれないけど」
「腕も脚も、均等に筋力がついていて」

耳慣れない言葉が続いて、なんだかくすぐったいような恥ずかしいような妙な気持ちになる。
間違ってもお世辞なんか言う性格じゃないし。しかし肌を合わせるときですら、いつでもずるく目を逸らすのは斎藤の方なのに、いつの間にそんなに見られていたんだろうか。
ひとり目を丸くしている間にも、淡々とした声は続く。

「肩幅もある」
「……一くん?」
「背中は特に整っていると思う」
「……あのさ、一くん」
「日に焼けても、俺のように肌が痛むこともない」
「嬉しいんだけど――……でもなんでちょっと怒ってるの?」
「……うるさい」










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斎藤は隠れて結構しっかり見ていて、
どきっとしつつも同性としてちょっとコンプレックス、だったらいいなと。
あとアニメであんまり洗濯してるのでつい。




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