カウンターに肘をついて緩く指先を絡めていた。そこに額を預けて俯くは、神宮寺レン。さらりとブラウンの髪が耳から流れて落ちる。
吐き出された息は、重い。
(こんなこと、前にもありましたね…)
トキヤが指先でグラスを揺らすと、からりと氷が音を立てた。
「…いいんですか、こんな所にいて。早く帰ってあげた方がいいと思いますが」
「……今日は実家に泊まることになったって連絡があったから、大丈夫」
レンの指先もまた、グラスを揺らす。からり、からり。そのまま持ち上げて酒を呷った。
二人の他にも客はいる。だが、座った席の位置と薄暗い照明が手伝って、アイドルの姿に気付くことはない。
「…随分浮かない顔をしていますね」
「………」
暫しの沈黙の後、トキヤが口火を切った。レンは無言のままに視線を上げる。その空色に乗る色は、確かに何かを抱えていた。
「……そんなに子供が産まれるのが嫌ですか」
「っ!そんなわけ――」
ない、と言い切る前に、荒げた声を自らの手の甲で制する。この静かなバーでは些か目立ちすぎる。
レンは落ち着かせるように息を吐くと機嫌が悪そうに眉根を寄せ、それこそ睨むような視線を向けた。
「そんなこと、あるわけがない。何を言うのかな、イッチーは…」
レンと春歌が入籍してから、四年の月日が流れていた。
一日一日が幸せで、家族という温かさが身に染みた。幸せだった。二人でも。しかしいつからか、ふと、思うようになったのだ。春歌に似た子供がいたなら、もっと幸せになれるのだろうか、と。だから、望んだのだ。
「でも、突っ掛かりがあるのでしょう?」
「………」
愛情を知らずに育った自分が父親になる。その事への、不安。春歌との子供を望んだその時点では、不安は消え去ったはずなのだ。彼女となら乗り越えられる。レンはそう思っていた。しかし、予定日まで一月を切った今、その思いがまた少し顔を覗かせた。
それから、何より、
「お気に入りの玩具を取られた子供のような顔ですよ、それ」
子供が産まれたら、自分はどうなる。
「…イッチーには敵わないな」
レンは困ったように眉を下げた。口元に緩く浮かぶ笑みは降参の証。レンはぽつり、ぽつりと話し出した。
「嬉しい…嬉しいんだ。生まれてくるのは女の子だし、きっと、すごく可愛い。…でも、不安だ。俺がちゃんと父親になれるのかとか………春歌が、俺に構ってくれなくなるんじゃないか、とか…」
途切れ途切れに、溢れた本音にトキヤは静かに耳を傾ける。軈て切れた言葉の後に、
「……ふふっ」
笑った。
「………笑うところじゃないんだけどな」
「ああ、すみません」
――相変わらずだな、と、思いまして。
相変わらず彼女のことがだいすきなんですね、と、そんな気持ちを込めて。トキヤは目元を緩めた。
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