「不毛だとは思わないの?」
唐突な言葉だった。
春歌が早乙女学園を卒業したのは二年前のことだ。パートナーは学園を去り、卒業オーディションのステージには歌詞の乗ることのない旋律だけが流れた。それでも結果、事務所準所属を決め、その一年後にはマスターコースに駒を進めた。
そこで、二人は出逢った。
作曲知識も豊富な美風藍の元で学んだ春歌は、更に腕を磨いていった。その途中で芽生えた、仄かな想い。それに、本当の意味で気付いたのは、本人を目の前にして自然に漏れてしまった「すき」の一言。藍は何も言わなかった。
春歌が無事正所属になってからも二人の仕事は続き、「すき」という気持ちは肥大するばかり。藍は気付いていたが、やはり何も言うことはなかった。
そう。今の今までは。
脈絡のない言葉に春歌は首を傾げる。真っ直ぐに射抜いてくるライトブルー。それが今は、少々居心地の悪さを生み出す。
「だから、ボクの事をすきだとか、不毛だとは思わないのかってこと」
「思いません」
即答だった。藍は一瞬目を見開いたが、軈て呆れたように息を吐く。
「…知ってるでしょ。ボクは、ロボだ」
「……はい」
「恋なんかしたって、無意味なこと。解る?」
心なんて、ない。ただプログラミングに従って動く、人形。
恋人"ごっこ"なら容易い。愛だって囁ける。キスだって、セックスだって出来る。ただ、将来を見据えればそれは生産性のない、遊戯。
春歌は押し黙ったままだ。小さな手には力が隠り、ぎゅっと拳を作る。
「いつまでもボクに執着なんてしないで、早く"普通の男"をすきになった方がいい。…ああ、仕事に支障が出ない程度に――、!」
してよね。そう続く筈だった言葉は、途切れる。どん、と胸にぶつかった華奢な身体。小さな両手は藍の服の裾を控えめに握り込む。
「そんなこと、言わないでください」
声になるか、ならないかの僅かな振動。それは藍にだけは、しかと届いた。
「………」
「私、は、…ただ、ずっと、美風先輩の傍に居たいです」
だめ、ですか。それこそ消えそうな声だった。すがり付く手を振り払うことも、受け入れることも、藍はしない。ただ目の前に立ち、春歌を見詰める。
軈て、意を決したように。
「………ダメだよ」
絞り出した、声。それが少し震えていることに気付いて、違和感を覚える。
縮こまった頼り無い肩をゆっくりと両手で押した。離れゆく体温にも、違和感。その違和感が何処から生まれるのかも、何故だかも解らない。それを背負ったまま、藍はレコーディングルームを後にする。背中越しに扉が閉まるのを感じた。
ずきん。
胸が痛んだような気がして、右手をゆっくりそこに当てる。鼓動を模した疑似音を感じる。
あの肩を抱き締めてやりたかっただとか、「いいよ」と言おうとしてしまったことだとか。この胸の痛み、だとか。総てがプログラム下のものだと思うと、酷く残酷だと思った。
(ボクは、君と同じ時間を歩いてあげられないから)
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