六月九日は、春歌にとって大切な日となっていた。
朝からどうにも落ち着かず、そわそわと時計を気にしてしまった。と、いうのも。今日は愛する人の誕生日である。この日、那月の夕方からの仕事はなかった。多忙な彼にしてみれば珍しい休みだ。おそらく日向辺りの計らいだろう。

何日も前から。先のこの日を思うと、心を躍らせたものだ。プレゼントは何にしようか。どんな食事を用意しようか。考えるだけでも、春歌の中は那月で満ちて、何だか幸せな気持ちが湧いてきた。

そして当日。七つ半。六月の空は、未だ明るい。日が沈むのは先のようだ。そろそろ那月が来るであろう時刻。下ごしらえをした鍋を覗き込んでみる。今日は特別な日だからと、那月がすきな料理を丹精込めて拵えた。鍋の中のものもまた、その内のひとつである。誕生日には欠かせないケーキもスポンジから仕上げ、冷蔵庫の中で主役の登場を待っていた。

そして。

インターホンが室内に、鳴る。
春歌はぴくりと肩を揺らすと、飼い主を待っていた忠犬のように駆け出す。途中一度だけ足を止め、目の前の鏡に目をやって髪を整え、いざ玄関へ。開錠すれば、そこには、


「わぁ!」


視界いっぱいの、ピンク色。薄いものや、濃いもの。咲き乱れるは、花花。軈て花束の向こうから、笑みを溢した那月が現れた。


「ふふっ。驚きましたか?」

「はい、とっても!…このお花、どうしたんですか?」


諄いようだが、那月は今日、誕生日である。仕事先でのお祝いだろうかと、春歌は首を傾けた。そんな様子を見た那月はゆるりと目元を緩めて、


「勿論、プレゼントですよぉ。僕から、ハルちゃんへの」


花束を春歌の胸へ。反射的に受け取ってしまったが、驚駭は隠せない。那月が玄関先に上がって。その大きな背中の向こうで扉が閉まった。


「え……えっと…どうして私に?」


――今日は那月くんのお誕生日ですよ?

自分がプレゼントを貰うのは、どうにも理解がいかない。春歌は首を傾げる。そんな様子を見ても動じず、那月の大きな手は、桃色をした薄い花片を撫でる。そして、口にした言葉は、


「このお花はね、ゴデチアって言うんですよ。こっちはシーラベンダー」


直接答えにはならない返答だった。ただ、那月があまりにも柔らかく微笑むものだから。答えを急くつもりもなかった。


「これまで幸せなことはたくさん、たっくさんあったけど、やっぱり、僕は、…貴女と出会えたことが一番の幸せ。生まれてきて良かったって、誰よりも、そう思わせてくれたハルちゃんへのお礼です」

「那月くん…」

「…このお花たちの花言葉、知っていますか?」


春歌は首を横に振る。


「じゃあ、教えてあげる。…"変わらぬ熱愛"」


受け取って、くれますか。語尾を上げて那月は問う。背を丸めて、少々俯き気味の顔を覗き込めば。頬が赤く彩られていた。そして聞こえた肯定の言葉にたまらなくなり、細い腕の中に収まる花束を、一端棚の上へ預ける。今度は逞しい腕が華奢な身体を包み込んだ。答えるように背に小さな手が回れば、あたたかな気持ちが溢れる。


「あ、の、」

「ん?」

「私、那月くんが生まれてきてくれて、本当に嬉しいです。お誕生日おめでとうございます」

「うん。有難う、ハルちゃん。だいすき」



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