仕事が偶々早く終わった。本当なら夜に一本仕事があったけれど、それがバラシになって。だから俺は春歌の住む寮の部屋のインターホンを押したんだ。

ふと、隣に目を向ければ。自分が暮らしていた部屋がある。準所属から正所属になる為。俺はマスターコースの試練の真っ只中。
俺という存在がいるって知って欲しくて。認めて欲しくて。躍起になって仕事を詰め込んで。とはいえ、ひとつ足りとも手を抜いたつもりはない。いつでも、俺の全力を向けた。
となれば減るのは、春歌との時間。部屋も隣ではなくなった今、なかなか会うことも叶わない。春歌は春歌で、れいちゃんの付き人で忙しくしている。俺の所為で作曲禁止令を受けたから、二人の曲作り、なんて名目で会うこともない。ユニットソングの打ち合わせにはトキヤだってれいちゃんだっているし、くっ付く訳にもいかなかった。

正直、参っていた。

触れたい。そう自分が呟いていたことに気付いた時は少し、驚いた。
抱き締めて、見つめ合って、それから――。


そんなことを考えていたから。
春歌の部屋に上がって、談笑している時。春歌が俺の瞳を覗いた瞬間。それまで楽しげに微笑んで、友千香と出掛けた時の話をしていた春歌の言葉が切れた。眉を下げて頬を染めて、照れたように視線を落とす彼女。俺、どんな顔をしていたのかな。わかるはずもないけれど。

同時に俺の中の何かもまた、切れた気がした。


「んっ…ぁ、……っ」


キスの合間に漏れる吐息混じりの声が至近距離で鼓膜を擽ってくる。
深くは進まない、ふれあい。それでも春歌の息を奪うには充分で。でも俺はもっと、もっと、春歌が蕩けて行く様が見たかった。時に優しく唇を舐めて、吸って、熱を、音を残して。
目蓋を持ち上げて、彼女に眼をやれば。俺の目元がすっかり緩む。


「春歌…」


自分の喉から漏れた声がやけに熱っぽくて少し恥ずかしかった。でもそれは、俺が春歌をだいすきだから。そう思えば正当化出来た。

細くて、でも柔らかみのある腰を抱く腕に少しだけ力を入れる。それから紅潮する頬に手を添えて、ゆっくりとまた唇を近付けた。
啄んで、それから。


「!!!」


綺麗な歯列を割るようにして、彼女の中に入り込んだ。刹那、びくりと身体を震わせた春歌に、大丈夫だよって伝えたくて、腰に回していた手を解いて春色の髪を撫でた。
硬口蓋を舐め上げてから、奥へと引っ込んだ小さな舌に、触れる。出ておいでって気持ちを込めて、優しく吸い上げたところで、


「!、ぁ」


彼女が泣いてることに気付いた。


「…ごめ…ごめんね、春歌…!」


急過ぎたよね。怖かったよね。唇を離してそう言って、縮こまる身体を抱き締めた。


「ちが…違うんです…、あの…、……」


ごめんなさい、なんて謝ってくるから心の底から申し訳なくなってくる。春歌は悪いことなんかしてないのに。俺が求め過ぎてしまったから。
今のままでも幸せなのに。


「…泣かせて、ごめん」

「…とや、く…」


ふるふると小さく首を振る春歌を一際優しく抱き締めて、


「だいすき、なんだ…。…許して」


浅いキスを繰り返した。今日泣かせてしまったことが消えてしまえばいい。幸せなキスだけが彼女に残ればいいだなんて、都合のいいことを思ってしまった。


(ああ、俺、最低…)











音也くん。気付けば彼の名前を口にしていた。床にぺたりと足を付けて、目の前のローテーブルに頭を預ける。白いそれに触れさせた右頬が、冷たい。

私は何度目になるかわからない溜め息を吐いた。

泣くつもりなんて、なかった。ただ、少し、驚いただけ。口内を舐められるはじめての感覚に戸惑ってしまった。でも、嫌じゃなかった。

嫌じゃないよ、って、


「ちゃんと言わなくちゃいけなかったのに…」


音也くんを困らせてしまいました。

またも、溜め息。

あれからどうにも動けなくなってしまって、メールも電話も出来なくて。音也くんからの連絡もなくて、日にちだけが過ぎていってしまった。そして今日の午後には、マスターコースの寮で一ノ瀬さんと、寿先輩も交えてユニットソングの打ち合わせ。何とか、早く、音也くんと仲直り…いえ、別に喧嘩した訳ではないけれど、兎に角、この気まずい関係を何とかしたかった。のに。


(ああ、私の馬鹿……)









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