You belong with me. 15





ぱたぱたと落ちるは涙。衣服に染みを作っていく。すん、と時折鼻を啜る音、喉から溢れるしゃくり上がる声以外は至極静かなものだった。
軈てその静寂を断ち切るように、


「……春歌、」


トキヤが小さく口を開いて、その後直ぐに、震える華奢な身体を優しく抱き締めた。
未だ泣き止まぬ春歌をあやすように背中に触れ、それでも溢れる涙は、トキヤの衣服がさらっていく。


「…君のことですから、私の仕事のことを考えていたのでしょうね」


春歌は何も言葉を発しなかった。が。この場合の沈黙は肯定だと、静かに受け取る。


「元はと言えば順番を違えた私の責任ですが…欲を言えばやはり、真っ先に話して欲しかったです」


しかしそれよりも今は、と、トキヤは続けた。ゆっくりと身体を離して二人は向き合う。視線を落とした濃紺に睫毛が影を作ったかと思えば、大きな右手が躊躇いがちに春歌の腹部へと触れた。


「……大丈夫、でしたか…?」


鮮明に蘇る"あの日"。
これでもかと言うほど身体を大きく揺さぶって、子宮口を激しく突き上げた。導き出される最悪を思うだけで身体の芯がすっと冷える様だ。
罪悪感ばかり湧き上がって、まともに目の前の彼女を見れる気がしなかった。


「大丈夫です。だから、また、そんな顔しないでください…」


ふわりと感じた温かさ。再びトキヤの胸に帰ってくる愛しい愛しい、恋人。トキヤはじわりと目頭が熱くなるのを感じた。
負担にならないようにと気にかけつつ、胸に擦り寄る春歌と、しかと抱擁を交わす。

どれくらいの間そうしていたか。不意に顎を掬われて春歌は閉じていた目を開いた。優しい手付き。見詰めた濃紺の瞳は僅かに涙を宿しているようにも見えた。
何の合図か。気付くのは容易だった。受け入れるように日だまり色の双眸が目蓋の向こうへ姿を隠したと同時に、唇に熱い感触が降ってくる。唇を食んで、舐めて。段々深く、深く。歯列を割って舌を絡めれば、水音が部屋に溶けていった。
口の端から漏れる吐息に混ぜて、何度も何度も、存在を確かめるように互いの名前を口にした。







「春歌…私は、君と共に在りたい」


銀の糸が名残惜し気に二人を繋ぎ、軈てぷつりと切れる。すっかり紅潮した春歌の頬に、トキヤは音を残してキスをした。
そして、懇願するようにゆるりと髪を撫でる。


「君も、お腹の子も…必ず幸せにしますから…」


――私と結婚してください。

長年共に過ごした春歌でも、はじめて聞くような声だった。顔を上げれば唇が降る。触れるだけの優しいキス。

結婚。
嬉しかった。素直に嬉しかった。ずっと隣にいたいというのは春歌の願いであったから。しかし、心の角にはまだしこりが残るような感覚。だから、感情のままに肯定をすることは躊躇われた。


「トキヤくん……で、も…ファンの方とか…それに……約束、が…」


約束。早乙女と交わした約束。それはこれまでずっと生きてきた。トキヤがアイドルである以上これからも生きていく約束だ。


「…忘れましたか?君の心配するようなことはありません。そう言った筈です」


まあ、ファンの方の反応は見てみないことにはわかりませんが。そう言い残して、トキヤは立ち上がる。ソファーに取り残された春歌はぽかんと口を開けてその背を眺めていた。寝室へと消えたトキヤは時間の経たない内に戻ってきて、再び春歌の隣へと腰を下ろす。
左手に握られた白い上質な紙袋に手を入れながら、


「ロケが終わったら、デートをしましょう。…この約束は覚えてくれていますか?」

「は、い…」

「君の望む所に出かけて、食事でもして、それから…夜に、もう一度…あの恋人岬で愛を誓う予定でした」

「え…?」


取り出されたのは紺色のジュエリーケース。開けば照明を受けてきらきら、きらきら。指輪が輝いた。


「事務所に結婚の許可は得ました」


驚駭を隠せないと言ったように春歌の瞳がみるみる内に開かれる。その眼は真っ直ぐにトキヤを差した。

骨張った右手の人差し指と親指が指輪を掴む。目許を緩めて、此方も真っ直ぐに春歌を見やる。
そして、


「受け取って…いただけますか?」


春歌の涙腺が一気に緩んで、溢れる涙が瞬きと同時に頬へと溢れた。伝う涙は、これまで流したものとはまるで違う。悲しみなど、顔を見せない。


「…っ…はい…」


それは朝露を受けた美しい花のように。
春歌は、微笑んだ。

肯定の返事を合図にトキヤは小さな左手を取って、その薬指に、ゆっくりと。指輪を通す。軈て指の付け根に収まったそれは、今まで以上に、きらきら、きらきら。輝きを放った。
輝きは、永久のもの。以後決して闇に埋もれることなど有りはしない。トキヤは春歌の左手を掬う様に持ち上げて、誓いの証に唇を落とした。






私の隣には君が
私の隣には貴方が

それが当たり前で

誓い将来には

私と君
私と貴方

私たちの間で微笑む未だ見ぬ子と
幸せな時間を送る

先のことは見えないけれど
そんな未来が待っている気がする

君となら
貴方となら

現実となることでしょう







2011/10/5〜2012/5/22





>top




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -