すき
だいすき
あいしてる
だからこそ、
You belong with me. 14
繋いだ手を離して。
涙を流す春歌をソファーに座らせる。何か飲みますか。キッチンへ足を運ぼうとした。
鼓動が、危ういほど重い。
今一度この空間に春歌がいる。それだけで心が踊った。直ぐにでも抱きすくめてしまいたかった。が。それは出来ない。理性的で在りたかった。あの日、無理矢理抱いたあの日が未だに目蓋を焦がしている。じりじり、じりじり。痛い。決して消えてはくれない。また、容易に消してはならない事実だ。
飲み物なんて口実だ。少し落ち着く距離感を欲した。手から全身へと蝕むように侵食した熱を、冷まさねばならないと。
だが、春歌はそれを拒否した。
トキヤの足が止まる。シャツの裾を引かれていた。振り返れば、目は合わない。俯いたままの春歌が映る。ひとつ、静かに息を吐く。少し距離を置いて同じソファーに座った。背凭れを横に、春歌の方を向いてあやすように、ゆるりと髪を撫でてやる。
「ごめ…ん、なさ、い」
昨晩も聞いたような気がする言葉が刺さる。聞けなかった事を聞いた。何に対する謝罪、ですか。決して厳しい口調にはならないように。
「トキヤくんが…倒れたのは、私の所為、です…」
春歌は涙ながらに何度も謝罪を繰り返した。
「君の所為ではありません。謝らないでください……謝らねばならないのは、私の方です…」
言葉尻が弱くなる。目の奥が、胸が、抉られるように痛む。
「…怖かったでしょう?あの時の私は」
「……!」
あの時。そう聞いて春歌は身体をびくりと震わせた。頭に、身体に未だに残るような感覚。
「解ってはいたんです。ですが、抑えられなかった。春歌が…いなくなると思うだけで張り裂けそうだった。どうにかして繋ぎ止めておきたかったんです…」
「トキヤ、くん…」
「…何を言っても赦されないことをしました。本当に…すみませんでした…っ」
春歌を撫でていた手を離し、腰を折って頭を垂れた。涙に揺れる日だまり色はそれを映すや苦痛に歪む。
トキヤの両頬に、少し冷えた感触。白く細い指先が触れていた。そのまま両頬を優しく包んで掬うように持ち上げられる。
視線がかち合った。
「…あの時と同じ顔を、しています」
――すごく、悲しそうな顔。
狭くなった喉がそう言葉を漏らした。
トキヤは自分がどんな顔をしているのか解らなかった。だが、ふいに思う。今眼に映る彼女とどちらが悲痛を浮かべているのだろう、と。
春歌の両手がソファーへと滑るように墜ちる。
「私、の…私の見てきたトキヤくんは……時々意地悪ですけど、…とても、優しかった。……でも、あの日のトキヤくんは、すごく……怖かった、です」
「……っ」
トキヤの眉が歪む。
「…優しいトキヤくんに、あんな事させたのは…私なんです……やっぱり私が、全部、悪くて…っ」
「春歌…何を言って――」
「私が!…私が……ちゃんと、話をしたなら…トキヤくんをこんなに苦しめなかった…!」
あの日無理矢理組み敷いたことも。番組中に倒れたことも。今にしたって。春歌は総て自分の所為だと背負おうとしていた。
「話…?」
こくりと小さな頭が上下する。手の甲から涙を拭うように目元を擦った。
「私…トキヤくんが、……だいすきなんです…」
「…!」
「ずっと、一緒にいたくて……だから……」
すう、と大きく空気を取り込んだ。肺が満ちる。春歌の耳がやけに大きな音を捉えていた。どくん、どくんと脈打つ己の心臓。怖かった。もし、拒絶されたならば。もう要りませんと突き放されたならば。嫌なシュミレーションが脳裏を過ぎる。
何かと葛藤するような春歌の様子に、トキヤはただ、次の言葉を待っていた。
「……諦めようと、思いました……でも……どうしたって無理だったんです…」
何か様子がおかしいと感じていた。
(………トキヤくんの、他に…大切な人ができました)
(だから、…あなたとは……もう、一緒にいれません…っ)
蘇る、二人がすれ違った日に残る言葉。それが脳を駆けた時、ひとつの可能性が色濃く浮上した。早く、早くと次の言葉を急かすように。トキヤの鼓動が早鐘を打ち始める。それと同時に喉が上下した。嚥下した唾液が僅かに喉を潤す。
「……まさか…春歌、君は…」
「………トキヤくんがくれた、……赤ちゃん、を、…おろすだなんて、私には、できませんでした…」
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