華奢な身体がトキヤの身体を辛うじて支える。肩へと預けられたままの頭。耳を掠めるのは規則正しい呼吸。眠ってしまったのだと直ぐに気付いた。
春歌は静かに。トキヤの上半身をシーツへと下ろした。横たわるトキヤの隣に寝転がってみる。スプリングが軋んだ。背に腕を回せばまた、痩せてしまった身体の感触に胸が痛む。だが同時に。眠るトキヤの腕に抱かれ、愛しい存在の感触に何処か安らぐ。


「ごめんなさい…」


ちゃんと話せなくて。
こんなに、追いつめて。

今はこの腕の中で眠ろう。そして朝が来たなら…。
きちんと向かい合おうと、決めた。







You belong with me. 13









タクシーの中。二人は窓の外で流れていく景色を見ていた。言葉は一言も交わさなかった。ただ。大きな左手と小さな右手はきつく結ばれていた。

今朝、と言っても昼に近い時間の頃だ。目蓋が淡い光に照らされて、誘われるようにゆっくりと。それを持ち上げたなら、腕の中には。愛しい存在がいた。春歌。小さくその名を呼んでみるが返事はない。まだ夢の中にいるらしい。柔らかな髪を撫でてみれば背中に感じた、僅かな力。起きたばかりの脳では気付いていなかった。背へと回る細腕。それに思わず口元が緩んで額を合わせるように擦り寄る。
その後には。医師が病室にやってきて、隣で眠る春歌をみるや呆れた顔で咎められたが、大したことはなかった。医師は話の後、一通の手紙を差し出し、去った。日向龍也からだった。眠っている間に来てくれていたらしい。携帯が使えない場所だからか、残されたそれを開けば、取り敢えず明日明後日の仕事を動かしたこと、しっかり休むこと、それから…。
随分迷惑をかけたものだと、トキヤは息を吐いた。

暫くしない内に春歌が双眸を覗かせる。おはようございます。トキヤが柔らかくそう言えば、同じように返ってきた。体調を心配する春歌を宥めて。帰りましょうか。間を置いてからそう言えば。意を決したような面持ちで春歌は肯定の返事をする。

それから、会話はなかった。タクシーの中でも。二人の住むマンションの前でも。エレベーターの中でも。無言だった。変わらず手だけは握りあっていた。
口を開いたのは、玄関の解錠を終えて二人の背で扉がしまった時。


「…おかえりなさい、春歌」



春歌が首を声の方に向ければ、微笑むトキヤが隣にいた。
みるみる内に日だまり色が涙を宿し、同時に溢れた混沌とした感情。重力に負けるように一筋の道を作って雫が頬を伝う。緩い弧を描いていた濃紺は驚いたように丸くなり、軈て困ったように細くなる。トキヤはゆっくり、繋いだ手を引いた。今にも崩れ落ちそうな震える膝に鞭打って、春歌は大きな背中を追う。

トキヤの右手が照明を灯す。
室内の明かりが、空気が、妙に柔らかく感じた。差すような痛みは、感じない。





>top




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -