※トキヤとHAYATOが双子
※HAYATO子持ち








『トキヤ―!お願い!いいでしょ?』


携帯から届く、自分よりもトーンがひとつ高い声。
一ノ瀬トキヤはため息を吐いた。

『あー!何そのため息!』

「突然そんなこと言われたらため息くらい吐きたくもなりますよ…。私だって忙しいんですから」

『頼むよトキヤ―…可愛い甥っ子のためだと思って、ね?』


兄、ハヤトからの電話は端的に言えば、こうだ。今日は仕事が夜まで伸びてしまった為、自分の代わりに息子を幼稚園まで迎えに行ってほしい。

国民的アイドルHAYATOと人気女優三原優奈の電撃結婚が報じられたのは暫し前のことだ。世間は大騒ぎだった。熱狂的な女性ファンもいたHAYATOだが時間が騒ぎを鎮静し、今はおしどり夫婦として有名だ。テレビにも二人で顔を出す日すらある。
そんな二人の息子、ルイ。
二人によく似て表情が柔らかく、懐っこい。彼はトキヤにもよく懐いていた。


「…ええ、わかりました」

『……ふふっ』

「…何です、その意味有り気な笑いは」

『素直じゃないなあ、と思ってね。ちょっと嬉しいでしょ、ホントは』

「何を言うかと思えば…」


トキヤは困ったように、片手で頭を抱える。尚もハヤトは電話の向こうで楽しそうに笑っていた。その様子に不満気に眉根を寄せて小さく息を吐く。
じゃあね、よろしく。そう明るい声色が耳に届いた直後、通話が途絶えた。
その後も尚、トキヤはぶつぶつと文句を漏らした。全く、あの人は何故こうなんだろうか。ハヤトへの不満を紡いでみるが、一番奥の本心、少々感謝していたりもする。言葉にしたことはないがそんなトキヤの本心を兄はしっかり掴んでいて、それはもう、嬉しいのだ。歌だ演技だと仕事にばかり打ち込んでいた弟が今、恋というものを見つけようとしている。そういった経験がないわけではない彼だが、こうも判りやすく夢中という姿を見たことなかったのだから。
恋は、愛はいいものだと、ハヤトはつくづく思う。

仕事を終えたトキヤは建物のエントランスで、鼠色のマフラーをぐるりと巻く。今日は少し、冷える。はあと吐き出される息は白く染まりあがった。


(少々遅くなってしまいました、ね…)


急がないとと車に乗り込み、エンジンをかける。










空は暗く、重い。雨でも降るのだろうか。
園の敷地内に入ると、かすかにピアノの音がした。本当に、かすかに。それでも、その奏で方は間違いなく彼女のものだと判った。心の一番奥で柔らかく弾けて、ふわりとあたたかいものが広がるような、そんな音。
フランスの音楽だった。若い魔法使いが自分の未熟さに気付く。確か、そんな音楽だ。建物に近付くにつれて、音はより鮮明になる。ルイの過ごすさくら組から聞こえてくるその音。ずっと聞いていたいと思うが、時間も時間だ。教室を覗き込めば甥の姿と、彼女の姿。


「ねえせんせい!いまのところ!いまのところ、もいっかい!」

「んー?ここ、ですか?」


滑らかに頭の中の楽譜を少し戻してもう一度鍵盤を弾けば、ルイが満足そうに笑った。


「ぼくね、はるかせんせいのピアノ、すき」


春歌は目を丸くして、やがて細める。有難う。お礼と共に彼のだいすきなピアノを奏で続けた。ルイは音楽に楽しそうに身を揺らし、椅子に腰かけ宙ぶらりになった足をぱたぱたと動かす。
ふと。目が合った。それを合図にがらりとトキヤは扉を開け放った。


「こんばんは、一ノ瀬さん。お久しぶりです」


柔らかな笑顔に、柔らかな声。


「こんばんは。すみません、遅くなりまして…」

「いえ、全然大丈夫ですよ。お仕事お疲れ様です」


かたりと小さな音を鳴らしてピアノに添えられた椅子から腰を下ろす。隣の椅子に座るルイの両脇を抱える形で、その小さな足をゆっくり床へと下ろした。


「トキヤにいちゃん!きょうはトキヤにいちゃんなんだね」

「パパもママもまだ、頑張ってお仕事している最中ですよ。今日は私と帰りましょうね」


足元に絡みつく小さな身体。兄に似ていないさらりとした真っ直ぐの髪をぐしゃぐしゃと撫でてやる。この髪質は母親譲りだ。


「あーあ。はるかせんせいも、いっしょにかえれたらいいのになー」


下唇を緩く噛んでむすっとする。じっと見つめる濃紺の瞳に目線を合わせた春歌はにっこりと笑って、幼子の滑らかな頬をするりと撫でた。


「また明日、遊びましょう。ね?」


はーい。と、不満気ながらも返事をするルイの手を、トキヤのそれが掬い上げた。掌中の掌は、まだまだちいさく柔らかい。握り返されるそれが、感じる体温以上に何処かあたたかい気がする。


「それじゃあ、お気をつけて」


立ち上がって微笑む春歌に、


「…あ、の、」


言いたいことがある。


「はい?」


ことりと首を傾げて不思議そうにする。
トキヤは口元に緩く結んだ拳をやって、ひとつ。軽く咳払いをした。


「よろしければ送りましょうか。外も、暗いですし…」


そう言えば春歌は一度視線を下にやって緩く指をもたつかせる。そして。


「お気持ちはたいへん嬉しいのですが…私まだ仕事がありますので、お構いなく」

「…そう、ですか……では、また」

「本当にすみません。…また」


ばいばい、はるかせんせい!隣で弾ける笑顔に、それに答える笑顔。
あたたかいはずのそれが、やけに凍みる。

靴を履いて建物を後にした時、見上げる視線に気付いた。


「…どうしました?」


そう聞けば自らの眉間に人差し指をやって、言う。


「あのねー、トキヤにいちゃんのココ、しわ、すごい」


はっとしたように力を抜いて平然を装うが、もう遅い。


「はるかせんせいといっしょにかえれなくて、ざんねんだったね」

「……」


無言のままルイへと手を伸ばし、親指を支えに中指を添えて、ぱちんと弾いた。所謂デコピンがルイの額に当たる。力は殆ど込めることはしなかった。トキヤにしてみれば少々気に触れるが、子供相手だ。
小さな両手が額を覆う。


「ぶろーくんはーと、って、こういうこと?」

「…何処で覚えてくるんです、そんな言葉」


次に彼女に会えるのは、いつになることやら。トキヤは自嘲気味に息を吐いた。







十万打フリーリクエスト/のののさん
「トキヤ×保育士春ちゃん」





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