「ちょ、ちょっと!どうして泣いてるの…!今の電話誰?トキヤ?何言われたの?」


ぺたりと床に座り込み泣きじゃくる春歌にに音也が近付く。


「ちが……じ、ぐうじ…さん…から、」


言葉尻と同時に携帯の呼び出し音が鳴る。
今度は、


「……レン、か」


音也の携帯だ。ディスプレイには神宮寺レンの文字。華やかな着信音と、イルミネーションはひどくこの場にはミスマッチだ。
出ない訳には、いかないよね。そう、少々困ったように漏らすと、通話ボタンを押して耳に当てる。







You belong with me. 8











『どういうことか説明してもらおうか』

「レン、怖いよ。少し落ち着――」

『はぐらかすな。何でイッキがレディと一緒に居るのか、聞いてるんだ』


音也は困ったように片手で頭を抱えた。


「…レンは勘違いしてる」

『…勘違い?』

「確かに俺は今、七海と一緒にいる。けど、どうこういう関係じゃないよ?ただ、俺も心配だったし、…頼まれたから」

『頼まれた?』

「…ごめん。ちょっと待って。何処まで俺から話して良いのかわからない」

『…じゃあ、レディに変わってくれ。まだ話は終わってない』


音也は春歌を一瞥して、


「レンが、話したいって。出れる?」


携帯を差し出す。春歌はそれを拒むように必死に首を振った。震える小さな身体を見て、音也は眉を下げる。


「出れない、ってさ。」


そして、電話の向こうの相手にその意思を伝えた。


『……』

「……レンは、優しいから、…心配してるんだよね。
俺、今日トキヤに会ってびっくりしたよ。…何となく想像はついてたけど、さ…」

『……』

「でも、今同じくらい七海もボロボロなんだ」

『…レディが?』

「うん。…今は、そっとしておいてあげて」

『……その様子だと相当深刻みたいだね』

「……うん」

『要は、外野がどうこう出来る問題じゃない、だろ?何となくだけど…話が読めた気がするよ』

「……」

『一先ずは、切るよ。…レディに伝えて。ちゃんとイッチーと話をするべきだ、って。……それじゃ』


ぷつりと。終話を告げた。音也は携帯を閉じると、床に座り込む春歌を見やる。ぼろぼろと溢れる涙は止まることを知らなかった。
今、彼女は何を思っているのだろう。何故泣いているのだろう。…音也には、わからなかった。ただ、漠然とした話。きっと彼を思って泣いている。それだけは解った。後悔か。はたまた謝罪の気持ちか。それとも…。

音也は、春歌に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「レンが、トキヤとちゃんと話しなよ、って」


あやすように甘い色の髪を撫でてやった。


「…俺も、そう、思うよ」


躊躇いがちにもそう言えば、涙を含んだ眼が音也を映した。


「一十木、くん、は…聞、いたん、です…か…?」

「……うん。君が此処に来た、あの日に」











音也の荒い足取りが床を踏み鳴らす。焦りからか上手く指先が動かない。それでもなんとか錠を解き、扉を開け放った。その向こうにいたのは。七海春歌だった。その濡れ鼠状態の彼女に驚く。インターホンの画面越しにも見たわけだが、今日の彼女はどこか、おかしい。
甘い色の髪が水を吸って、重たい。ぱたぱたと水が滴る前髪の向こうの、日だまり色が紅玉のような瞳を捕えた。震える唇が小さく動く。いっときくん。そう、紡いだが声として発されることはない。それから直ぐに、目蓋の向こうに日だまり色が消えて、ぐらりと細い身体が傾く。その肩に片手をやって、胸に抱える形で支えた。それと同時にばたんと扉が閉まる音がした。音也の服が水を吸う。じわり、じわりと広がるそれもお構い無しに、春歌の肩を揺すりながら名前を呼ぶ。その声に気付いたこの部屋の主がひょっこりと顔を覗かせるやいなや、血相を変えた。


「…っ春歌!」


その日、音也が渋谷友千香の部屋に居たのは、偶然のことだった。降りだした雨を避ける形で招き入れられた。ついでに共に出演しているドラマの読み合わせでもしようとしていた。


「何、どうしたのよ春歌…こんなに濡れて…!」


友千香は一度部屋の中へと消え、分厚いタオルを手にして戻ってくる。それでふわりと春歌を包み込んだ。


「れっ、連絡!トキヤに連絡した方がいいよね!」


春歌とトキヤが恋仲であることは同期のよしみで知っている。恋人の事態。やはり伝えるべきだと思い立った音也は、ジーンズに忍ばせた携帯を手にして、電話帳を呼び出した。その時。冷たく、白い手が音也の手を掴む。その手には力なんて込められてはいない。いないのに。強い意思を感じた。


「……、……で…」


小さく紡がれるそれに耳を寄せる。それが、やっとの思いで捕えたのは、


「…キヤ、くん、には…言わな、で…」


信じがたい言葉だった。


「言わないでって…何で…」

「後!それは後で良いから!早くあっためてあげないと…」


友千香に促され、こんなところをもしトキヤに見られたなら殺されるかも、などと余計なことを考えつつも、意識が朦朧としている春歌を横抱きする。向かう先はベッドルーム。


「タオル!沢山持ってきて!脱衣所にあるから!」


玄関の左ね、と場所も付け加え、友千香は先程のタオルで髪を拭き出す。音也があるだけのタオルを渡せば、隣の部屋に行くように言われた。あの状態だ。着替えさせるのだろうと理解して潔く部屋を後にする。ふと、目に入ったのは。玄関に投げ出されたままの春歌の鞄だった。隣にはキャリーケースも転がっている。


(携帯とか入ってたら、まずいよね…)


キャリーケースはプラスチックだ。対して問題はないだろうと一先ずその場に放置する。春歌同様水浸しの手提げ鞄と共にリビングルームへと足を向けた。目につく場所にあったハンドタオルを拝借して鞄の中からひとつひとつ物を取り出す。中にはやはり携帯もあって、急いで水気を取ってやる。幸いにも、メールでも来ているのかライトが点滅していて無事を知らせていた。小さいメモ帳は水を吸っていたが、ドライヤーで乾かしてやれば大丈夫そうだ。ぺらりと捲れた頁には音符が並んでいる。フリーハンドで綺麗に綴られている、五線譜。次に手にとった薄い手帳はビニル製のケースに丁寧にしまわれていたため、問題なさそうだ。問題、は、ないのだが…。音也は目を見張る。


「これ、って…」


表紙に踊る文字が音也の動きを止める。確かに春歌の鞄だ。そこから出てきたということは、間違いなく春歌のもので。

何十分経っていたのか、友千香がリビングルームにやってきた。


「…七海は?」

「眠ったわ。疲れてたみたい」

「そっか。……ねえ、友千香」

「ん?」

「七海………妊娠、してるの?」


夕方からちらり、ちらりと降りだした雨。それは今は強く窓を叩いている。今夜は止みそうにも、ない。




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