少し君を傷付ける話になるかもしれないんだけど。
話の始まりは、こうだった。

共に暮らすマンションのベランダに二人で並んで、夜景を見下ろす。灯りを漏らすビル。瞬くネオンサイン。帯のように流れる車。きらきら、きらきら。大きな宝箱のようだ。
少しの肌寒さに、春歌は半歩左に寄って、肩をレンに触れ合わせる。そして、彼を見上げた。溢れそうなほど大きな日だまり色の瞳が、真っ直ぐにレンを映す。手すりに肘を置いて頬杖をついたレンは一度、柔らかく目元を緩めて春歌を見た。そして視線は再び、眼下の景色へ。春歌も同じものを映すように動いた。


「俺は、ね、」


静かにレンは口を開く。春歌はそっと耳を傾けた。


「こんな日が来るなんて思っていなかったんだ」


声は、春歌にだけ届いて。後は闇へと溶けていく。


「ずっと、沢山のレディを代わる代わる…独りが嫌だった。隣に居てくれるなら誰でも良かった。その目に映るのが俺自身じゃなくて、見かけだとか、俺の後ろにあるものだとしても。一瞬の、ハリボテでも良かったんだ」


レンの華やかな容姿に群がる女たち。神宮寺の名にふらりと誘われた女たち。本当の、彼自身を見てくれる人間なんて、いなかった。

「この先もずっと、そうやってハリボテを積み重ねて生きていくんだと思ってた」

――でも、春歌は俺を見てくれたね。


ふわりと一度、右手を伸ばして春歌の髪を撫でた。


「あの時、何度も追いかけてくれて有難う」


声が素敵だと言った。歌ってくださいと言った。他の誰でもない。貴方に、歌って欲しいと。何度突き放しても春歌は真っ直ぐに、レンを、レンの中の情熱を見て。


「俺は君に出逢って、人のあたたかさとか、愛、を知った。…一生縁がないものだと思ってたんだけどね」


息を漏らしながら、少し笑った。

「…私、も」


突如小さな声が空気を揺らした。溶け入りそうなほどのか細い声。レンが視線をやれば、手摺を掴む小さな手に、きゅっ、と力が入っていた。少々俯いた春歌の髪の隙間から覗いていたのは、染められた頬。


「私も、レンさんに出逢わなければ、…きっと、愛とか知らないままだったと思います。こんな、素敵な気持ちを…教えてくれて、有難うございます」


顔を上げてふわりと微笑んだ。
あの頃から変わらない、あどけない笑顔。少し伸ばした髪。曲線が強くなった身体。あの頃より増した、あたたかみ。
それも、これからは本当に、全部、


(俺のもの、か)


思わず頬が緩んで。それを隠すように手の甲を口許に当てがった。


「…今日、は……本当に、綺麗だった。いや、いつも綺麗だけど…何ていうか、」

「レンさんも…かっこよかった…です」


二人して顔を赤くして。ああ、明るくなくて良かっただなんて。

ふいにレンが、手摺を両手で掴む春歌の方を向いて。左手に、ゆっくり自らの左手を重ねた。


「春歌…俺と、結婚してくれて有難う」


――絶対に、幸せにするから。

月明かりを受けて、二人の指輪が煌めいた。






十万打フリーリクエスト/168さん。
「レン春が幸せなら何でも」





>top




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -