「春歌、このロケが終わったら…外でデート、しましょうか」

「えっ…、」

「嫌、ですか…?」

「そんなことないです!嬉しいです…けど、」

「…ああ、君の心配するようなことはありません。楽しみにしていてください」

「…はい!いってらっしゃい、トキヤくん」

「いってきます」








You belong with me. 5












バタン、と。
扉が閉まる音がやけに重く脳内に響く。レンと翔が部屋を後にした音だ。
徐にトキヤは立ち上がり、鞄を引き摺りながらその足は寝室へと向かう。ゆっくり、ゆっくりと。踏み入れたその部屋のダブルベッドに身体を沈めた。重力に任せた身体はスプリングで僅かに跳ねる。

辺りは既に薄く暗く染まり上げられている。雲もない空。きっと今夜は、月が綺麗に浮かぶことだろう。


(レンも、翔も…とんだお人好し、ですね)


気付いていた。
きっと、彼らも。

認めたくなかった。

あの、春歌が。ここまでしたのだ。もう自分の元に戻るつもりはない、と。


「はる、か」


渇望するように身体の底から漏れた声。酷く震えた声。それは、静寂に溶ける。
ただ、彼には。トキヤには、聞こえる気がするのだ。「はい」「何ですか」「トキヤくん」…彼女の声が。

掴んだシーツに皺が寄る。
いつもなら、温もり溢れるこの寝台も冷えきっていて。ただ唯一あるのは彼女の残り香。それがまたトキヤの心を冷やしていく。


「はる…か……っ」


じわり。
滲んだのはこの感情には似合わない、正反対の温かいもの。
ひとつ、またひとつ。その度にシーツが吸い込んでいく。


『戻ってくるさ。だから待っててあげなよ』


レンの言葉が頭を過る。

信じたい。その言葉を。
しかし、それをしていいのかわからない。大切な人が出来たと言った。春歌は何処かで幸せを手にした。それなのに、未練がましく。彼女を想い続けるのは…重荷ではないか。
後ろ向きな感情ばかりが湧き起こっていく。

その日。
眠れる筈がなかった。
届く事さえない、愛しい彼女の名前が何度も溢れた。
涙は枯れるまで止まることを知らなかった。


今日か、明日かそのまた次の日か。何れにせよ近い内に光を浴びる筈だった物。それは彼の鞄の中、真っ暗な狭い箱で目覚めることもなく眠り続けた。いつか、薬指の元で目映い光を浴びることを願って。




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