静かな控え室に二人はいた。
舞台用の衣装に身を纏ったトキヤは、春歌の片手を握る。
「やっと…ここまで来ました」
――君の、お陰ですね。
ゆっくりゆっくり、引き寄せて。
やがて二人の距離はゼロになる。
トキヤは、壊れ物を扱うように優しく包み込んだ。
触れたところから、じわりと広がる互いの熱。
触れたところから、共有する鼓動。
「そんなことないです。トキヤくんが頑張ったから、だから…」
「君がいなければその努力すら、私は出来ませんでした」
HAYATOの仮面を脱ぎ捨てることが出来たのは、…きっかけは、シャイニング早乙女。しかしながら決定打となったのは、間違いなく春歌の存在。
彼女の音楽。
彼女の直向きさ。
彼女の笑顔。
彼女からの愛。
彼女への、愛。
全てがトキヤの凍えた心を暖めて、まるで春を迎えたかのように色付き、輝いた。
「有難うございます」
目線の下にある春歌の柔らかな髪に、彼はキスをひとつ落とした。
ぐい、と、トキヤの胸に顔を押し付けてきたため、春歌の表情は見ることは出来ない。ただ、読むことは出来る。髪から覗いた耳がほんのり赤く染まっているのが、その答え。
ふわりと微笑んだ彼は、彼女の腰を抱き締めたまま、華奢な肩を優しく押して上半身だけ少しの距離を取る。
「トキヤ、くん…」
「真っ赤、ですね…可愛いですよ」
「…ーっ」
羞恥からか泣き出しそうな表情をして俯こうとする彼女の顎を掬い上げて触れるだけのキスをする。
視線が交わって、春歌はびくりと身体を震わせる。彼女の大きな瞳が捕えたのは、熱に浮かされたような濃紺。
「ぁ…」
「春歌…」
次の彼女の言葉を塞ぐように唇を押し当てた。
「んん…ぁっトキ…っ」
深く、深く絡まり合って、聴覚からも二人を翻弄する。
息をつくために離れる瞬間すらもどかしくて。
もっともっと、欲しくなる。
「はぁ…んっ……ここまでにしておきましょう」
「あ、ぅ…」
止まらなくなりそうですしね、と自嘲気味に笑った。
トキヤは壁に時計を一瞥。
「ああ、もう時間ですか…」
あと十数分後にはライヴが始まる。
一ノ瀬トキヤとしての、初ステージ。
「じゃあ私、客席の方に行ってます」
「……」
「頑張ってくださいね」
背を向けて部屋の錠を解く細い指。薄く開いた扉をもう一度閉じる様にトキヤの大きな左手が押さえ込んだ。
バタン。
「えっ…」
驚いた春歌は振り返った。
「…ねえ、春歌」
左手から左肘までを扉に貼り付けて、じりじりと彼女に詰め寄る。
とん、と、彼女の背中が扉に預けられた。
「な、何でしょう…?」
「今日のライヴ、成功したらご褒美をいただけませんか?」
「…ご褒美、ですか?」
首を傾けた春歌にトキヤは艶やかに笑った。
「ここに、君から」
右手人差し指で己の下唇を緩慢な動きで端から端までなぞる。
「え、あっ…あの、それは…っ」
「ふふっ…約束ですよ。…ほら、早く行かないと」
「約束って…あっ、待ってくださいトキヤくん!私…っ」
焦る春歌を優しく誘導して、控え室の外へ。
「ああ、ひとつだけ。一人だと心細いかとも思ったので、君の席は音也の隣にしたわけですが…」
――ちゅ。
甘いリップ音が春歌の手の甲で弾けた。
「浮気せず、私だけを見ていてくださいね」
一万打フリーリクエスト/あきさん
「デビュー後設定で、番組本番前に楽屋にていちゃいちゃ甘々」
(※番組本番前→ライヴ本番前、に改変させていただきました)
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