微裏*
この携帯はただの忘れ物か。
それとも故意的に置かれた物か。
You belong with me. 2
何故携帯ひとつで此処まで不快な動悸が走るのか。
携帯を手に取れば、ひやりと冷たい。
これまで仕事で何処に居ようが、それが二人を繋いでいた。勿論、心だって繋がっているとトキヤは断言する。が。実質的には携帯ひとつ。
声が聞ける。温かくなる。
今、その繋がりが途切れた。
それが異常なまでに不安を駆り立てて仕方がない。
彼女の名前を無意識に呟く。
もし、彼女がこのまま帰って来なかったら、などと脳裏に嫌なことが過った。
途端に足が玄関先に向かう。
この静寂の部屋にいるのがつらかった。早くここに、あたたかく優しい光を持つ、彼女を。
何処に居るかなど知る由もない。ただ、行かなければいけないと思った。
その時だった。
錠が外れる音が聞こえる。
この部屋の鍵を持っているのは、自分の他にただひとり。
扉が開き入ってきたのは言うまでもなく、
「春歌…!」
「ト、トキヤくん…」
帰って来るの、早かったですね。
そう言う春歌の言葉尻を掻き消すように閉まった扉に彼女を押し付ける。
驚く彼女の唇を奪った。
「ぁ、ん……ふあっ」
「はあっ…春歌…」
熱く。熱く。
何度も絡まる舌が思考までも甘く溶かしていく。
やがて酸素を求めて離れた唇。銀の糸が刹那、二人を繋いだ。
トキヤは、力が抜けた身体を抱き締める。
濃紺を華奢な肩口に埋めて、擦り寄る。春歌の甘い香りが鼻腔を擽った。
「いなく、なったのかと…思いました…」
「え…?」
「連絡がつかなくて…帰って来ても君がいなくて…。少々不安になりました」
――ですが、よかった。
吐息に溶けてしまいそうな掠れた声。同時に抱き締める力を強めた。
何度も愛し合った柔らかい身体に欲情する。早く欲しいと、トキヤの全身が熱持った。
軽い身体を容易に抱き上げ、寝室へと向かう。
「えっ…あ、トキヤくん…?」
「すみません。君が、足りない」
ベッドに優しく横たえ、自らも覆い被さる。
「だ、駄目、です…」
「どうしてですか…?私はもう、こんなに、」
柔らかい太股に既に昂った自身を押し付ければ、小さな身体が大袈裟なほど跳ねる。
その反応に緩まる口元。
衣服に手をかけ、肌を露にしていく。片手でスカートの中に忍ばせた手が下着の上から秘部を撫でた。
それに静止をかけるように動く小さな手。
「いや…っ、やめて、くださ…」
涙が滲む大きな瞳に、トキヤは困惑する。羞恥からの拒否ではないようだと悟ったからだ。
身体を起こすと、春歌も衣服を直しながら上半身を起こし、やがてトキヤの前で正座した。
「春、歌…?」
「トキヤくん…お話が、あります…」
潤んだ瞳でトキヤを一瞥。しかしすぐに目を反らし、俯いた。
次に聞こえる震える小さな言葉が、鈍器のような威力を持った瞬間だった。
「…私と、………別れて、ください」
時間が止まったような気がした。
耳に聞こえた声が嘘ではないかと疑った。しかし、自分が彼女の声を聞き違えることも、ましてや取り零すことすら有り得ないと。
トキヤは言葉を失う。
「………トキヤくんの、他に…大切な人ができました」
一体春歌は今、どんな顔をしているのだろうか。俯いている所為で前髪がかかり、表情が見えない。
「だから、…あなたとは……もう、一緒にいれません…っ」
震えて消える言葉尻。
しかし、嫌でも伝わる思い。
「ごめん、な、さ…っ」
ついに泣き出した春歌。
そんな彼女を非情にも、
「…受け入れられそうに有りません」
組み敷いた。
「ねえ、春歌。…ひとりにさせてしまったからですか」
首筋に顔を埋めて白い肌に咲かせる赤い華。
「ン…ぁ、いや、…」
「寂しい思いを誰かで埋めたくなりましたか」
春歌を縫い付ける両手の力が強くなる。更なる圧迫間に彼女は息を詰めた。
「っ!痛……やだ、トキヤくん…っ」
「っ、私は!…君しか愛せません……君は、違ったというのですか…!」
「…!」
春歌は目を見開き、やがてつらそうに細める。言葉は紡がず、押し黙ったままだ。
それがトキヤの、哀しみのような怒りに火を点けた。
嫌がる彼女の抵抗を無視して乱暴に衣服を剥ぐ。さして時間もかからずに生まれたままの姿にした。
春歌の秘部に触れ、割れ目をなぞる。
「あっ…やっ!だ、め…――っ!」
ゆっくり二本の指を挿入し、ぐるりと円を描く。
「…もう私に触れられたくないという拒絶、ですよね。それは」
「う、ぁ…」
「君のココに、既に別の誰かを受け入れたから、だからですか…?」
指を引き抜き徐に、トキヤは手近にあった細長いタオルを手に取る。
それを春歌に噛ませ口を塞ぎ、首の後ろで結んだ。
「んっ!んぅ…」
「君のその声で、すがるように他の男の名を呼ぶことなど許しません」
――君は、私だけ見ていればいいんです。
前戯もそこそこの彼女を一息で貫いた。
春歌の身体をよく知ってるトキヤが、彼女の弱いところをいいように揺さぶってやれば程無くしてじっとり濡れてくる。
春歌は、首を横に振り、涙を流す。快感に揺らいだ涙ではなく、拒絶と恐怖の色が滲んだ涙。
それに彼は堪えられず、思わず目を閉じて、目先の快感だけを追った。
確かに身体は繋がっている。
だが心は掠りもせずバラバラで。
気持ちよくなんて、なかった。
愛し合う行為なんて、綺麗なものではない。強引で、利己的な…
(こんなのただの、強姦ではないですか…っ)
トキヤの瞳からも一筋涙が溢れる。
それでも春歌の身体を貪り続けた。
彼女が意識を飛ばすその時まで。
トキヤは一睡も出来なかった。
外には朝日が昇りはじめていた。
隣で眠っている春歌の髪を優しく撫でる。そしてぽつりと、彼女の名前を呼んだ。
時計を見ればそろそろ仕事に向かう準備をしなければいけないことに気付かされて。
トキヤは、足が重かった。
昨晩は酷いことをしてしまったことを悔いていた。ちゃんと話もしたかった。彼女に、直接。
彼は彼女の額に優しく唇を落とす。
「…いって、きますね」
手早く準備をして、リビングの机にメモ書きを残した。
昨晩はすみませんでした。
ちゃんと話がしたいです。
どうか此処で、待っていてください。
バタン。扉が閉まる音か静寂に響いた。
途端に、ゆっくり開く、ベッドに寝転がる彼女の双眸。たった今起きたそれとは思えないほど覚醒しきった日だまり色だった。
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