一人きりのダブルベッド。
春歌は薄手の布団を纏って、自らの身体を抱き締めた。
彼女の日だまり色の双眸は普段のように明るい光を差してはいない。何処か影がかかっている。

ふいに震えた携帯を手に取り開く。光を放つディスプレイには新着メールのお知らせ。
開封してみれば、差出人は一ノ瀬トキヤ。


明日の夜には、帰れそうです。
取り敢えずそちらの空港に着いたら電話しますね。
早く、君に会いたい。


メールの内容を見て、春歌はため息を吐いた。


「トキヤくん…帰ってくるんですね…」


彼女は眉を下げた。






You belong with me. 1






東京に飛行機が着陸した。
混み合う空港を歩くトキヤは鞄から携帯を取りだし、電源を入れる。
ややあってシステムが起動した携帯。逸早く電話帳から愛しい彼女の番号を呼び出した。
コール音が耳に届く。
しかし幾度鳴らせど、彼女は出なかった。訝しげに終話ボタンを押す。


「おや。出なかったのかい?イッチーの愛しの子羊ちゃんは」

「ええ…」

「だいぶ留守にしてたからなー流石に愛想つかされたんじゃー…いや!冗談!冗談だって!そんな睨むなよトキヤ!」


映画の撮影のため東京を離れていた。その映画で偶然にも共演することとなったレンと、翔も一緒だ。

早乙女学園を卒業して数年。トキヤは今や26歳。二人も相応に年を重ね、あの頃とは違う、大人になった。
お互い仕事も増え、忙しい毎日。
なかなか三人で会う機会もなく、この映画での共演は、なかなか嬉しいものだった。

翔を睨んでいた鋭い視線を緩め、トキヤの視線は携帯へ。


(結局昨日のメールも返って来なかったんですよね…。こんな事、今までなかったというのに)


一月と少しのロケが今日、終わりを迎えた。
スタッフやら共演者が共に過ごすため、細心の注意を払って電話は控え、大抵のやり取りはメールだった。…地方に飛んで、二週間目頃からメールの返信スピードが遅くなったように感じた。しかしながら春歌にも仕事があるため、それは言わば通常通りというわけで。
二人の付き合いがはじまって長らく経つが、彼女の仕事がどんなに忙しい時でも。返事は遅くはなれども丸一日返ってこないことなど、なかったのだ。

ぶら下がる、彼女と色違いのストラップを指で遊んだ。









夕方。
タクシーが都内のとあるマンションの前で停車した。運転手に料金を手渡し、車を降りる。
背中越しに、タクシーが走り出したのがわかった。

空港から愛の巣であるマンションに着く間、何度か電話を鳴らしてはみるものの、やはり持ち主が出ることはなく。ただ無機質なコール音が聴覚を支配した。

高い建物を見上げて見れば、ちらほらと、部屋に明かりが灯りはじめている。
トキヤの視線が向かった先の部屋は暗いままだった。

――ドクン。

心臓が嫌な音を立てる。

『だいぶ留守にしてたからなー流石に愛想つかされたんじゃー…』

思い出される友人の声。

返って来なかったメール。
繋がることがなかった電話。

鼓動が徐々に嫌なビートを刻んで。
頬に冷たい汗が伝う。

足早にマンションの認証を抜けてエレベーターに乗り込む。
緩慢な動きに苛つきながら、焦ったような表情を浮かべた。


「春歌…っ」


小さな箱に溶ける、誰に届くことのない声。心なしか震えているようだった。

エレベーターが目的の階で開くと、仕事の疲れなど忘れたように一目散に駆け出す。
取り出した鍵で手早く錠を解くと、勢い良く扉を開けた。


「春歌!」


声は静寂に包まれる。返ってくる声は、ない。
彼にしては珍しく足音を立てて、リビングから、部屋の扉を開いていく。
彼女はいない。が。なくなってるものも、多分ない。
出掛けているだけかと安堵したのも束の間。最後に開いた寝室の扉の先に、丁寧に置かれたままの携帯電話。

トキヤのものと色違いのストラップが、最期の夕日を浴びて何処か哀しげに光っていた。


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