とあるレコーディングスタジオで。
見慣れすぎた彼女を見付けた。
此方に気付かない様子の彼女に声でも掛けてみようか。

「ハ――……」


ハルカ、と。藍は彼女の声を最後まで紡ぐ事はなかった。隣にいる人影の所為。見知った人物だった。四ノ宮那月。言わずと知れた藍の後輩である。
春歌と那月は同期だ。話すことだってあるだろう。しかし何故かぴたりと足すらも止めて、二人を眺めてしまった。

何を話しているのかは、藍には聞こえない。少し距離があるからだ。
でも、見える。
藍には実に楽しそうに見える。


「…………?」


――ちくり。
左胸に感じた僅かな痛み。そっとそこに手を当ててみる。

痛み。
痛み。
感じた事のない痛み。

先日博士と話をした。
その時藍は胸が痛いと言った。しかしこの痛みは――違う。春歌と一緒にいる時の胸の痛さではない。もっともっと奥底に刺さるような――というより、抉られるような、痛み。


『寂しそうだね』

『後輩ちゃんが一緒じゃないから?』


嶺二の声が頭の中で反芻した。


「あ、藍ちゃんだ。おーい!」


ようやく耳に届いた声にはっとする。那月がぶんぶんと大きく手を振っていた。
その隣で。
那月の声で藍の存在に気付いた春歌は。


「…――!」


笑った。
藍の目には、その笑顔が――先程那月と話していた時の笑顔とは違って見えた。
そして気付いた。
自分といる時の春歌の笑顔だと。一際輝いたそれは、特別なのだと。

――ちくり。

ああ、この痛み。ボクがハカセに言ったのは――この痛み、だ、と。


「美風先輩!お久しぶりです!」


最後に会ったあの日。


『私、は…ただ、ずっと、美風先輩の傍に居たいです』

『……ダメだよ』


突き放したのに。それでも――。

藍はぐっと胸の辺りの服を握り締めた。


「……美風、先輩?」


春歌はことりと不思議そうに小首を傾げた。



(ボクにとって、ハルカ、は――)




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