※モブ視点レン春
※春歌不在








薄い唇に紅を引いて。
両のそれを合わせれば。
それはそれな綺麗な真朱色だ。

鏡に向かって顔を右へ、左へ。その度に栗色の髪が動きについていくように揺れる。

「ん。完璧」


そう小さく、自分だけの満足の言葉として呟いた。正面に映るは、すっかりアイドルのアズサである。

「AZ」――アズ――は、アズサとアズミによる人気急上昇中のアイドルユニットだ。
テレビ出演、ライブ、交流会など積極的に活動を重ね、それがひとつ終わるごとに着実にファンを増やしている。

そして、今日も。また彼女らは番組をきっかけに人々を魅了していくのだろう。


「何、随分気合い入ってるねえ」


アズサの両肩に手が乗って、鏡越しに覗きこまれる。相方のアズミだった。
ベースメイクもアイメイクも、ふわっふわに仕上げた髪の毛も。いつもの倍の時間をかけた。頬を彩るチークも新調した。それもこれも、今日会う彼の為。


「当たり前でしょ。何だって今日は――」

「神宮寺さん、ねー」


そう、神宮寺レンの為。……正確には、神宮寺レンに気に入られる自分になる為。
神宮寺レン――言うも疎かなトップアイドル。眉目秀麗とは彼の為の言葉なのではないかと思わせるほど整った顔立ちであり、容姿どころか家柄までも、屈指の大財閥ときた。レンに群がる女子は大勢いる。――アズサもその中の一人だ。

アズサがはじめて音楽番組でレンに対峙した時。言葉が出てこないとはこういう事なのかと知った。それまで緊張だとか、羞恥だとか、そういったものに無縁だったのである。アイドルのプロセス――つまり、いざアイドルになる為のオーディションも、はじめての撮影も、ライブも、ドラマだって。ただわくわくして、高揚を覚えるばかりだった。
――それがどうした。彼のパフォーマンスを前にして、次には彼を前にして、正面にして、心臓がいつもと違う跳ね方をしているのを感じた。目が合って、その時。ただ逸らすではなく、ふっ、と目元に笑みを溢して自分の横を通り過ぎて行った彼が、何処か別の世界の人間にすら思えたのだ。

――ああ、これがきっと、恋。

次こそは、今日こそは、先ずはお近づきになって、それから、それから――。思いは膨らむばかりだった。


「サーちゃんも子供ねー」


アズミはわざとらしく眉を下げて息を吐いた。

因みに「サーちゃん」というのはアズサのことである。
AZの二人は名前の頭二文字が同じなため差別が出来る三文字目で呼び合っている。アズサが「サーちゃん」。アズミは「ミーちゃん」。


「……どういう意味よ?」

「ああいうアブナイ男に惹かれるのって、若い内だけよ。もっと手堅くいかなくちゃ」

「……同い年のくせに」

「年齢の話じゃなくってね」


アブナイ男――確かにそうだ。そういう噂は絶えない男である。
それでも、この気持ちには嘘はつけないと思った。いっそその噂の渦中に入ってしまいたいとすら願ってしまったのだ。








「――だから……」

「……え?」


緊張から居ても立ってもいられずに部屋を立ったアズサの耳に飛び込んできたのは、声だった。緊張と言うのはこの後の番組収録では無論なくて、神宮寺レンに会える時間が刻一刻と迫っている事への緊張である事を此処に付け足しておこう。
兎も角、声がしたのだ。
鼓膜を甘く、甘く擽るような、声。


(この声……?)


聞き覚えがあった。
聞き覚えがなかった。
この場合はどちらが正解なのだろう。

隠れるようにして覗き見た声の主は、思った通り神宮寺レンであった。ただ――その声色は、アズサが知っているものとは異なっていたのだ。


「――解っているけど、無理はしない事。いいね?……ん、いい子だ」


心臓が嫌な跳ね方をするのを、アズサは感じていた。

今は使われていないスタジオの前の廊下の奥まったところ。隠れるように――忍ぶように。テレビでファンに振り撒くそれとは違う、甘い、甘い声色で囁く神宮寺レンは――柔らかく微笑む神宮寺レンは――。
別人、だった。別人のようだった。








「神宮寺さん、今日はよろしくお願いします」


アズミが頭を下げるのと合わせるように、アズサもそうした。ゆっくりと顔を上げて見えた神宮寺レンの顔は、そして声は――


「やあ、レディたち。久しぶりだね。よろしく」


まさしく、寸分違わぬ、アイドル神宮寺レンだった。


「……おや、こっちのレディはご機嫌ななめかな?」


少し、屈むようにしてレンはアズサを覗き込む。海のように深い、深い蒼に混沌とした感情が呑まれてしまいそうになった。いっそ、呑まれてしまえばいいと思ったがそうはいかないらしい。


(この瞳は、)

(誰を映しているのかな)


「……神宮寺さん、」

「ん?」


――さっき誰と電話してたんですか?
……だなんて、訊ける筈もなく。でももし、そう尋ねたら、彼はどんな反応をするだろう。興味はあるけれど、そんな勇気はなくて。


「いえ。大丈夫です!よろしくお願いします!」


(いっそ突き止めてリークしてやろうか)

(だなんて、それこそできる筈はないけれど)





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