付き合いはじめて、暫く経ったある日。それは春歌がデビューを決めてから、暫く経った日でもある。
デビューを果たしてからの春歌の仕事はそれまでの比ではない。パートナーとして相方の曲作りに励むのは勿論、ドラマ等のBGMを請け負う事も増えた。一方、相方の蘭丸もまた然り。歌謡祭の反響を受けて仕事は増加の一途を辿っている。一時期騒がれたスキャンダラスな話も世間からすっかり消え失せていた。

ふたりにとって、いい兆しであった。
しかし、そうなれば減るのはふたりの時間だ。

大きなフラストレーションを抱えながらも次に会える日を想いながら、ひとつひとつの仕事に真摯に取り組んでいった。

そして。
待ち侘びた日が、やってくる。
その日は蘭丸の仕事が午前中に落ち着く日で、また、春歌に締め切りの近い仕事はない日であった。

二人はそういった時間を共に過ごす事に決めていた。
基本的に春歌が蘭丸のアパートに赴き、限られた貴重な時間を堪能する。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうことを改めて知ったのは、春歌が蘭丸と、蘭丸が春歌と、心を寄せあったその時からであろう。

「その日」もあっという間に流れていって、朝。カーテンを突き抜けんばかりの陽光は、きっと洗濯物もよく乾き、あたたかく包んでくれる。しかし今の二人にとっては……少々憎らしい存在やも知れない。

暫しの別れを告げる、光だ。


春歌は瞼の明るさに身動ぎ、ゆっくりとそれを持ち上げた。ぼんやりとした視界が捉えたのは、愛する人――蘭丸である。春歌の身体をやんわりと抱きながら寝息を立てている。まだ、目覚めそうにはない。


「……蘭丸、さん…」


未だ慣れない彼の下の名前を呼んで、ふわりとした頭を撫でてみる。


「……んん…」


何か感じ取ったのだろうか。蘭丸が夢の中のまま腕に力を込め、甘い色をした髪に擦り寄った。そんな様子にくすりと微笑み、更に近づいた胸板に頬を寄せる。シャツ一枚越しに体温が鼓動が、心地いい。

寝ていてくれれば、こんなに素直でいられるのに、と、春歌は思う。彼の眼に射抜かれるとどうにも羞恥心が襲ってきて、それどころではなくなってしまう。自分の照れ屋もここまで来ると呪いたくなるほどだ。


(あ、蘭丸さんにお弁当……)


また、今日から忙しくなるだろう彼の事を思う。まだ、出来ることならば自然に目覚めるまで、眠っていて欲しい。弁当ならば仕事の合間にでも口に出来るだろう。起こさないように注意を払いながら、腕から抜け出そうと試みる。しかし、しっかりと腰に巻き付いていて、簡単に離れてくれそうにはなかった。それでも、少しずつ解いていくと、


「春歌……」


掠れた声がした。目が合う。まだ重そうな瞼から、綺麗なオッドアイが春歌を映していた。
しまった。起こしてしまった。そう思った。


「蘭丸さ…きゃあ!」


起こしたくないと最新の注意を払っていたのはつい先ほどだが、再びきつく抱擁されたことで既に散漫。


「……何処行くんだよ…」


まだ完全には目覚めていない時の声であった。そういうところが判ってしまうあたり、嬉しい中にも恥ずかしくて、春歌の体温がぐんと上がる。


「あ、ああ、あの…!」

「……帰るな」


――帰るなよ…春歌…。

ぎゅう、と。それこそ華奢な身体が軋むほど抱き締められたが不思議と苦しくない。それよりも先程から呼ばれる、自分の下の名前。外では決して呼ばれない、名前。それに胸がこそばゆいような感覚を覚えるが、それと同時に。何処か苦しそうに、悲しそうに呼ぶ蘭丸の声が気になって仕方がなかった。

離れたくない。その気持ちが肥大していって、やがて――。




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