――藍。君を、停止することになった。


脳内で、ハカセの声が反復する。何度も、何度も。頭をガンガン叩かれるような感覚が、消えない。

いつかは来るだろうとは、何処かで思っていた、気がする。ただ、彼女に出会ってからは。そんな事を思う事はなくなっていた。

そんな事、考える暇などなくなっていた。
いつも考えるのは彼女の事。

彼女とどんな音楽を紡ごうか。
彼女とどんな一日を過ごそうか。

日中はそんな事を思う。一人になった夜には、その日の彼女を思い出してはあたたかい気持ちになったり。そして、明日は何をしようかと。


「――藍くん!」


びくり、と。反射的に肩が揺れた。頬杖を解いて顔を上げれば、彼女――ハルカがいた。その表情は、心配の色を含んでいる。どうやら何度もボクを呼んでいたらしい。


――これは、決定事項だ。


また嫌な声がした。


「…ごめん、ちょっと考え事してた」


曲の事、と。小さく吐いた嘘に、胸が痛い。
ハルカは目の前のローテーブルにコーヒーの入ったカップを置く。緩く渦巻くミルクが液体を淡い色合いに仕上げていた。
ボクに食事は必要ない。それどころが、処理をするのに余計なエネルギーがかかる。でもハルカはボクにコーヒーやらを出す。何故かと訊いた事がある。そしたら、ふわりと笑って、「飲まなくていいんです。せめて香りだけでも感じて欲しくて」…そう言った。
鼻腔を擽るのは、ほんのり甘さを含んだ香り。ボクはこの香りが、すきだ。


「…そうですか。何処か気になるところがありましたか?」


手招きで彼女を導いて。傍まで来たハルカの細い腕を掴んで引いた。驚いたように声を上げ、バランスを崩した身体に衝撃が極力掛からないように支え、ソファーに腰を下ろさせる。ボクの、隣。


――もう少し、待って欲しい。


楽譜を開いて五線譜をなぞる。


「そうだね…ここがちょっと甘い。表現したいことは解る。それなら――」


カチカチと二回、音を鳴らして芯を呼び出す。隣で楽譜を覗き込むハルカの顔を一瞥してから、楽譜に薄くペンを走らせた。


――せめて今作ってる曲が完成するまで、待って欲しい。


「…なるほど…こっちの方がいいですね!本当に勉強になりま――、!藍、く、……んっ…」


ああ、
この時間が、終わらなければいいのに。





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