「おかえりなさいっ」


ぱたぱたとスリッパが鳴らす、音。開け放たれた扉の向こうから容赦なく流れ込む冷たい外気に眉根を寄せる事もなく、ふわりと、花が咲いたような笑顔を彼女は向けた。
一ノ瀬トキヤの帰宅。それは23時を迎えそうな時の事。
一方の彼は。外の寒さなど完全に忘れる…事は、冷えきった身体は許してくれはしなかったが、彼女の笑顔に何処からか温まる。その温度が、帰って来たのだと実感させ、頬が綻ぶ。
玄関の敷居を跨ぐ瞬間よりも、照明を灯す瞬間よりも。まさに、この瞬間。春歌が、自分の帰る場所なのだと心底思った。


「ただいま、春歌」


アイドルとしての仮面はとうに崩れた。自分でも驚くほど蕩けた声色が溢れる。

靴を脱いで段差を上がれば、春歌が鞄とコートを預かる。ごく、自然に。その度トキヤは思うのだ。こうやって迎えてくれる事が日常になったのなら、どんなに幸せだろうか、と。

今はまだ。許されないから。
今はただ。時折の幸せを噛み締める。










「……ええと、」

「お土産、です。どうぞ開けてください」

「…はい、有難うございます…」


リビングのソファーに、極近い距離に腰を掛けていた。距離を詰めたのは、トキヤの方である。
折角春歌が預かってくれた鞄だが、その中にどうしても用があった。そう、お土産の存在である。扨て。それを受け取った春歌がどうして、怪訝な表情を浮かべているのか。トキヤから貰える物は何でも嬉しい。だが、今手渡されたこれには、どういった意図があるのだろう。読めず仕舞いで、困惑してトキヤを見詰めれば、意味深な笑みを浮かべていた。
言われた通り、包装を取り払う。中から現れたのは、包装通りの。


「ポッキー…ですね」

「ええ、その通りです」

「どうしてこれを…?」


トキヤといえば、カロリーに関して少々厳しい。春歌の糖分接種にも時折口を出してきた。特に、夜が更けた今。チョコレート菓子の包装を破れ等とはおかしな話だ。


「どうしても今日、君と、これを食べかったんです」

「…ポッキー、お好きでしたか…?それよりトキヤくん、夜にお菓子は…」

「ええ、どちらに関しても、好ましくありません。しかし…11月11日が何の日か、ご存知ですか?」

「……ああ!ポッキーの日!」

「正解です。本当ならもう少し早く帰れる予定だったのですが…まあ、致し方ありません。折角君を招いたポッキーの日…ですから、ね」


スッ、と長い指が伸びて。春歌が開けた包装から一本、ポッキーを抜き取り、その先端を春歌の唇に触れさせる。自分で食べられますから、と慌てる春歌を押し切って、口へと運ばせた。春歌がそれをくわえた瞬間、だった。


「!!!」


春歌がくわえたのとは逆。持ち手のビスケット部分が、カリッと音を立てて砕かれた。徐々にチョコレートが覆う方も浸食されていく。
端整なトキヤの顔が、近付いて来る。
例えば。くわえるそれを噛んで砕き、顔を反らす事だって出来た筈だ。ただ、それをしなかったのは…否、出来なかったのは、突然の事に頭が真っ白になった所為。
最後にはお決まりのように唇が触れ合って、甘い吐息が交差した。


「――これが恋人とのポッキーの食べ方です。ひとつ、勉強になりましたね?」


そう言ってチョコレートのついたら甘い上唇を舐めて、微笑んだ。




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