僕、壊れたかもしれない。

携帯電話で呼び出したのは生みの親、とでも言おうか。育ての親と言おうか。兎も角。数回のコールで出た男はいつも通りの声のトーンで、何かあったのかい、と語尾を上げて問う。藍は暫しの沈黙を要する。脳を回転させて、何と言えばいいのか思考を廻らせた。唯、上手い言い回しは見当たらずにボソリと呟いた答えが、冒頭だ。
症状は。少しトーンを落として男は再び問う。

――あついんだ。それと、胸が、痛い。

藍はぐっと胸元の布を握り締めた。同時に眉を歪める。


『頻度は?どんな時に起こるとか、ある?』


男は再び問う。藍は神妙な面持ちで沈黙を続けた後、小さく口を開いた。


「………一緒にいる時、とか思い出した時」

『一緒に?…春歌ちゃん?』

「そう」


――あの人が笑った時とか、泣いた時とか…、色々。

藍の視線は図らずも、下へ。地をさ迷っていた時、受話器の向こうで男がくすりと笑うのが判った。こっちは真剣だと言うのに。藍の中に怒りが沸き起こって思わず終話ボタンを親指で弾いた。その後直ぐに音が鳴って折り返し着信を知らせる。


「………」

『ははっ、ごめんね、藍』

「……全く、笑うなんてどういうつもり、ハカセ?」

『いや、ね…春歌ちゃんと出逢ってから成長が著しいなと思って』

男…博士は口調を一変。さも楽しそうに柔らかく笑った。


「成長…つまり、変わったってこと?」

『まあ、そうだね』

「…レイジにも、言われた」


―…なーんか、変わったよね。昔は四六時中すましたお人形さんみたいだったけど、今は…人間らしくなった?―


藍は嶺二の言葉を思い出していた。同時にあのいつもとは違った彼の笑みを思い出して、もやもやとしたものが蓄積するような感覚が襲ってくる。一層釈然としない。


「何て?」

「…人間らしくなったね、って」

『…へぇ。……嶺二くんは色々バレてそうで怖いな」


二言目はひどく小さな声で、藍の耳には届かなかった。


『ま、大丈夫だよ。故障じゃなさそうだ』

「…え?」

『僕はこれからちょっと用事があってね。それじゃあ、また』

「え、あ……、もう」


抵抗の声は、届かず。終話を告げる機械音。藍は静かに溜め息を吐いた。




(故障じゃなければ、この症状は、)


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