2013.03.10 いさちゃんとおでぇと! | ナノ
※ SAMPLE

いさちゃんとおでぇと!

!この作品は、留三郎(二十六歳)いさ(十六歳)の未来設定話です。二人は婚約しています。いさが大学を卒業したら結婚予定。
尚、雷蔵(二十五歳)、八左ヱ門と三郎(十五歳)と綾部♀(十四歳)が登場します。
ご注意下さい。



「召集!」と書かれたメモを手に、三郎は苦虫を噛み殺したような顔をした。同じく隣りでは、下駄箱に仕込まれたメモを見て八左ヱ門が「おほー」と言っていた。

全く、幼なじみとは云え一体どこまであの人に付き合えばいいのやら。これが巻き込まれ不運ということかと三郎は朝に相応しく無いため息を吐き、放課後を思うのだった。



「本日は、お集まりいただきありがとうございます」

ローテーブルに丼いっぱいのクッキーを、どんと置くと神妙な面持ちで、いさが言った。

「お集まりっていうか、強制召集じゃないですか」

呆れながら三郎が呟くと、隣りに座っていた八左ヱ門共々首を後ろから引っ掴まれる。

「何だ、お前ら先輩の言うことが聞けないっていうのか?」
「こ、小平太先輩!聞きます!聞かせていただきますからギブ、ギブ!!」

早くも八左ヱ門がギブアップ宣言を出すと、首にかけられた負荷が急に軽くなった。
 
幼稚部の頃からこうだ。三郎と八左ヱ門は小平太の子分としてこき使われていて、十五歳になった今でもそのポジションが変わることはない。最早絶対に勝てない相手として刷り込みされていた。
 
そんな三人を、通称お姫様であるいさは、ぽやぽやと「元気がいいねぇ」と見守っていた。
元気がいい程度で済むならこの世は超人ばかりだと三郎が、心の中で文句を言っていると、今まで黙々とひたすらプリンを食べていた喜八子と目が合って、ふっと笑われた。
 
こいつも黙っていれば美少女なのに、幼稚部の頃から全く変化がない。

丼に盛られたクッキーを小平太に平らげられる前に、紙皿に取り分ける。ひとくち口に含んだだけで、これはあの人作だなと分かった。いさも一応料理はできるが、こんなにバターと甘さのバランスが絶妙な味は出せないだろう。甘々なあの人らしく、プリンは女子にだけ用意してあるらしい。
 
「いさ、しょっぱいのは無いのか」
 
クッキーを八左ヱ門の分まで一気に口に流し込み、ペットボトルから直接スポーツドリンクを飲んだ小平太が次を催促する。
 
「うん、留ちゃんが揚げてくれたポテトチップスがあるよ」
 
案の定、新たなる手作り品が出てきた。今度は小平太に盗られる前に、さっと口にポテトチップスを含む八左ヱ門を見て十年単位で餌付けされているなと三郎は呆れた。
 
「で、何のために私たちを呼んだんですか。お茶会をするためじゃないんでしょう」
 
本当は相談事など無視して、雷蔵の元へ帰りたい三郎だったが、今日は飲み会があるというから仕方が無い。それに小平太が居るのならば、嫌な予感がしても、相談事を聴いてやることが手っ取り早く帰るための一番の方法なのだ。
 
「ええっとね、んと、それなんだけどね……」
 
もじもじ。 
学校の男子が見たら、守ってやりたい!可愛い!と叫ぶような仕草で、いさは意味もなく人差し指と人差し指をツンツン合わせる。

騙されてはいけない。

そのゆるふわに巻かれた髪も、つやつやに磨かれたネイルも、ほわほわの微笑みも全てはあの男のためなのだから。
 
半ば冷めた表情で、いつまでも、もじもじしているいさを横目にコーヒーを飲んでいると、小平太がこの場に居るいさ以外の人間の全員の意見を代表して言ってくれた。

 「何だいさ、細かいことは気にするな!はっきり言え!」
 
恐らく何も考えてはいないだろう小平太の発言に、尚もいさはもじもじとする。
 
「う、うん。あ、あのさ……ほら、こないだ私と留ちゃん――したでしょ?」
「は?聴こえんぞ」
「だ、だからぁ、け、けけけ結婚を前提にお付き合い」
「……婚約、ですよね」
「きゃー!やだもう、三郎ったらそんなズバっと本当のこと言わないでよ!」
「い、いだだだ!いさ先輩ギブギブ!」
 
何故か代わりに八左ヱ門の髪の毛を引っ張りまくっているいさに、今度こそ三郎は盛大にため息を吐いた。

婚約、それこそが問題だった。
 
いさが十六歳の誕生日に留三郎と婚約したと知らされた時、誰もが思った。ついに、やっちまったよ、と。
 
まあ、当人たちが幸せそうなのだから、それはいいのだが学校で大っぴらに言えないからと幼馴染である三郎たちに惚気られるのは、いただけなかった。
 
「善法寺先輩、そろそろ八左ヱ門の毛根が死にます」
「あ……ごめんね、ハチ」
「お、おほー」

このままでは話しが一向に進まない。ぶっちゃけ面倒くさくてたまらないが、一刻も早く帰るために三郎は口を開いた。
 
「婚約されたのは大変喜ばしいことですけど、どうしたんですか。食満先輩と喧嘩でもされたんですか」
「ケンカ?まさか、留ちゃんとケンカする訳ないじゃない」
「じゃあ、一体どうしたんすか」

三郎と同じく、一刻も早く帰ってペットの世話をしたいだろう八左ヱ門が促す。
 
「えっと、えっと……」
「あの〜プリンも食べ終わったし、わたし帰ってもいいですか。穴掘り大会の準備したいので」
「ああっ、待ってよ、あやちゃん!言う、言うから」
 
この場でいさ以外の唯一女子、喜八子のセーラー服の裾を必死に掴んで帰ろうとするのを阻止する。
 
「早く言えよ!いさ!」
「分かったよ、こへちゃん。あのさ、留ちゃんとその……こ、婚約したじゃない?それで正式にお付き合いすることになって、でででで」
「「「「で?」」」」
「デートしないかって!」
 
言っちゃった!という風に両頬に手を当てて真っ赤になるいさを尻目に三郎は立ち上がった。
 
「帰るか、八左ヱ門」
「お、おう」
「あ、私アニメの再放送観なきゃ!」
「プリンごちそうさまでした〜」
 
じょろじょろと帰ろうとする四人を、いさは必死でくい止めた。
 
「ちょ、ちょっと待ってよみんな!クッキーとプリンとポテチ美味しかったでしょ」
「いや、でも留三郎が作ったんだろ」
「言っちゃうからね!長次くんと仙蔵くん、それから雷蔵くんに!皆は相談も聴いてくれない薄情者だって」
 
するすると巻き戻しするように四人は元の席に戻った。何年経っても変わらず保護者には弱い。八左ヱ門は巻き込まれというべきか。

 「それで、デートがどうしたんですか。いいじゃないですか、デートぐらい行けば」
「デートぐらい!?初デートなんだよ!」
「いや、アンタら……先輩方、今まで何回も一緒に出掛けてるじゃないですか」
 
うんうんと、それぞれが頷く。
 
「だって、付き合って初めてのデートなんだよ!」
 
いさは必死に訴えるが、二人がアハハウフフと出掛けるのを何度も見た身としては全く説得力が無かった。
 
「ど、どうすればいいかなぁ」
「いつも通りでいいんじゃないっスかね」
「お洋服とかさ」
「心配しなくても、善法寺先輩の服、全部食満先輩好みですって。というか、そう刷り込みされてますよ」
「留ちゃんが大人だからさ、こう、もうちょっと大人っぽく……」
「ヤることヤればい、むぐっ!」
 
さすがにその発言はマズイと三郎と八左ヱ門の二人がかりで小平太の口をふさいだ。
 
「ダメですよ、七松先輩。一応中学生の綾部が居るんですから」
「それに真摯なお付き合いで親の承諾があると言っても一歩間違えればソレは犯罪です!」
「お前ら、詳しいなぁ」
 
はっと気が付くと、いさと喜八子が非常に冷ややかな眼差しで三人を見つめていた。
 
「男子最低!役に立たない!」
「おやまぁ、そうなんですか」
「「理不尽だ……」」
 
女子のブリザードに、とばっちりを受けた三郎と八左ヱ門は打ちひしがれた。その間に二人の腕を抜け出した小平太は気にせずまた、ペットボトルからスポーツドリンクを飲んでいた。
 
「まあ何だ、私も何も考えていない訳じゃないぞ。やっぱり変に構えず、いつも通りに過ごすのが一番なんじゃないのか?留三郎も、そういうお前に惚れたんだろうし」
「こへちゃん……」
「そーれーに」
 
喜八子がいさの背中から肩口に顎を載せて囁いた。
 
「ぜーんぶ殿方にお任せすればいいんですよー」
「あ、あやちゃん!?」
 
十四歳の放ったある意味爆弾発言に、年上達は釘付けだ。
 
「仙蔵兄さまが言ってましたよ。デートのエスコートもできないような甲斐性の無い奴は一人前の男じゃないって」
「うっ!」
 
心当たりがあるようで、八左ヱ門が胸を押えてしゃがみこんだ。
 
「だーから、全部食満先輩にお任せしちゃえばいいんですよ」
「……でも、それでいいのかなぁ」
 
いさの不安げな呟きが溶けて消えていった。



2013.3/10 四五六忍! 「留ちゃんといっしょ!web再録集」
いさちゃんとおでぇと!/緑野
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