8.




光が薄れて、留三郎と伊作が目を開けると、そこはどこか薄明るい病院の中だった。
クリスマスらしく、落とした照明の中でツリーのイルミネーションが隅でチカチカと光っている。

「ここ…」
「アイツ……過去のクリスマスの精霊だったのか。通りで同業者の気配がするわけだ」
「どういうこと?」
「こんな話がある。クリスマスを祝う心を忘れたケチな老人の元を、過去・現在・未来のクリスマスの精霊が訪れる。それぞれの精霊が、過去・現在・未来のクリスマスの様子を見せてくれて老人はクリスマスを祝う心と、人を信じる心を取り戻すのさ」

きょろきょろと二人が辺りを見まわしていると、ふいに声が響いた。

『そうそう、オジサン、伊作クンにクリスマスを祝う心を思い出してもらうのがお仕事なんだよ』
「雑渡さん!?どこに居るんですか?」
『んー、オジサンあんまり仕事熱心じゃないからねぇ、ちょっとここから先は二人で行ってくれる?この廊下真っ直ぐ行ったら分かるから』
「あんの野郎……伊作、大丈夫か?」

傍らの伊作を見ると、青ざめた顔で細かく震えていた。
無理もない、こんな突然の状況だ。

「僕、この病院知ってる。事故が起きた後に、僕が入院していた病院だ…」
「っていうことは、やっぱりここは過去のクリスマスか」
「こんな事が起きるなんて…」

震える伊作の手を留三郎はぎゅっと握った。

「大丈夫、クリスマスはサンタクロースの領域だ。俺がついてるよ」
「……留さん」
「それに、何かよ、俺もこの病院、見覚えある気がするんだ」

伊作の手を引きながら、薄暗い廊下を真っ直ぐに歩き出す。
ずっと進んで行くと、折り紙などで飾り付けられた小児科に突き当たった。

「…一番奥の病室だよ」
「ああ」

果たして、一番奥のガランとした病室に入ると、大きめのベッドに点滴をつながれて、ひとり眠る青白い顔のちいさな子供―伊作が眠っていた。

枕元の小さなクリスマスツリー、そして吊るされた靴下に目をやって伊作がため息を吐く。

「僕だ…こんなもの見せられても、クリスマスが嫌いな気持ちは変わらないのに」
「ちょっと待て…誰か来るぞ」

やがて入って来た二人の人影に留三郎は息を飲んだ。

『土井先生、待って下さいよ』
『留三郎、この部屋が最後だよ』

それは、赤いサンタの服を着た土井教師と、まだほんの小さなサンタ見習いの留三郎だった。

「俺?」
「留三郎??」

二人の前を素通りして、過去の土井教師と留三郎はプレゼントを配ろうとしている。

『ここが最後の部屋なんだが…』
『どうしたんですか?早くこいつの欲しいプレゼントを置いてやりましょうよ』
『まあ、待ちなさい。今後もこういう事があるかもしれないけれどね、私たちでも叶えてやることのできない願いがあるんだよ』

じっと二人を見つめていた伊作がポツリと呟いた。

「留さん、君本当にサンタだったんだ」
「伊作、信じてくれたか!?」
「でも、当然だよね。サンタにも叶えることのできない願いだってある。僕がクリスマスを嫌いなことに…」

伊作が言葉を続けようとすると、それを遮るように小さな留三郎が悲しげな声を上げた。

『プレゼント、上げられないんですか?』
『これはね、私たちではどうしても上げらる事のできないプレゼントなんだよ。死者を生き返らせることはできない』

小さな留三郎が、伊作の枕元に膝まづいた。

『でも、俺は、どうしてだろう?こいつの願いを叶えてやりたいんです……』
『留三郎、叶えてやれない願いの場合ね私たちは子供に小さな祝福を授けるんだ』
『祝福?』
『そう、この子のこの先の人生に小さな幸運が溢れますようにって』
『俺がやります!だって……コイツ、俺のトナカイだから』

自分の記憶に無い事実に留三郎は驚いた。こんなことは知らない。
こんな小さな頃に伊作をトナカイと決めていただなんて。

「留さん…トナカイって何?」
「俺たちサンタクロースは皆トナカイを決めて一人前って呼ばれるんだ。トナカイって言っても、動物のトナカイじゃない。人間の中から、本当に信頼できる奴を本能で選び取る」

二人が息を殺して見守っていると、小さな留三郎が眠る伊作の頬にキスを落とした。

『留三郎!トナカイってお前…』
『なあ、お前。お前がこの先、幸せになりますように』

キスを落とした瞬間、病室が柔らかい光に溢れた。
光が納まると、ぐっすりと眠っていたはずの伊作が目を覚ました。

『だあれ?サンタさん?』
『そうだ。なあ、お前名前は?』
『ぜんぽうじいさく…。パパとママをかえしてくれるの』
『いさくだな!ごめん、俺にそれはできないんだ。でも、俺絶対お前を迎えに行くから、幸せになれよな』

すると、伊作はウトウトとまた目を閉じてしまった。

「ウソ…僕、サンタクロースになんか会った記憶がないよ」
「そりゃそうだ、サンタっていうのは姿を見られたら記憶を消さなきゃいけないんだ……けど、お前俺の姿が視えてたよな?魔法を使わない限り、本当に小さな子供か心からサンタを信じている奴にしか、サンタの姿は視えないんだけどよ」

すると、またどこからか雑渡の声が響いた。

『ふふっ、オジサンが教えて上げようか。伊作クンさ、不運なこと…例えば電車が遅れたとか階段から落ちたりしても、本当に命に関わることにあったことないデショ』
「そうですけど…」
『あれね、サンタさんからのプレゼントなんだよね。伊作クン、負の感情に引かれやすいとこあるからプレゼント無かったら死んでたよ?ホラ』

土井教師が留三郎の頭を撫でながら言い聞かせていた。

『留三郎、残念だけれど分かっているね?お前とこの子の記憶を消さなくてはいけないよ』
『うん、土井先生、分かってます。でも、こいつ俺のトナカイなんだ』
『大丈夫、本当にお前のトナカイだったらきっとまた逢えば分かるよ。心の底で私たちの存在を信じたまま、大人になってくれる』
『うん!』


・・・


気がついたら、留三郎と伊作は現実のアパートの部屋に戻っていた。手を繋いだまま。

「ハーイ、お帰り二人とも」
「雑渡さん、今の…」
「うーん、伊作クンをお仲間にできなくて残念なんだけど、オジサンもうお仕事終了の時間なんだよね」

雑渡が指さす懐中時計。
出発した時はクリスマスイブになったばかりだったのに、もうすぐクリスマスに入ろうという時刻になっていた。

「バイバイ、伊作クン。君がトナカイになればまた逢うこともあるよ。食満クンもしっかりね〜」

口を挟む間もなく、雑渡は光と共に消えてしまった。

「二度と来んな!…って言いたいとこだけど、アイツに借りをつくっちまった」
「ねえ、留さん」

伊作が手を繋いでない、もう片方の留三郎の手を取る。

「僕、クリスマスなんて嫌いだ。サンタクロースなんて居ないって思っていたけれど、君が僕をずっと守っていてくれたんだね…」
「伊作……」
「だから、きっと僕には留さんの姿が視えたんだ。ねえ、今になってこんなことを言うのむしがいい話かもしれないけど僕を留さんのトナカイにしてくれないかな」

真っ直ぐな瞳で見つめられる。
あの、クリスマスに降る雪の様に煌めく瞳で。

「お前…いいのかよ。トナカイってのは人間とちょっとばかり時間の流れ方が違うんだ。そりゃ給料も出るし、クリスマス以外はそんなにすること無いけどよ、もう普通のクリスマスの祝い方はできないんだぜ」
「いいよ、子供たちに幸せを届けたいし、僕はずっと留さんとクリスマスをお祝いしたい」
「伊作……」

思わず、腕の中にぎゅっと伊作を閉じ込めた。

「痛いよ、留さん」
「ああ、ごめんごめん。…じゃあ、お前にトナカイの鈴をやらなきゃな」
「鈴?首につけるの?」
「鈴って言っても目に見えるものじゃないんだ……ちょっと目をつぶってくれないか」
「うん…」

伊作が目をつぶると、留三郎はそっとその頬にキスをした。
すると、どこからともなく一つ、シャン!と軽やかな鈴の音が聴こえる。

「メリークリスマス、伊作」

伊作が目を開けると、その手の中に小さなスノーボールが握らされていた。
眠る子供にプレゼントを届けるサンタクロースが中に入っている。

「あはは、僕たちみたいだ。メリークリスマスなんて、何年ぶりに言うんだろう。
メリークリスマス、留三郎」
「ああ、じゃあ行くぞ!」
「行くってどこへ?」
「クリスマスプレゼントを配りにだよ!!」

玄関のドアを開けたら、もうそこはサンタクロースたちの橇着き場に繋がっていた。

「留三郎、遅いではないか」
「…無事、トナカイが見つかって良かった」
「メリークリスマス、仙蔵、長次!こいつが俺のトナカイの伊作だ」
「あ、あの宜しくお願いします」

伊作がぺこりと頭を下げる。

「宜しくな。私はそろそろ出るぞ」
「……宜しく。私のトナカイとも仲良くしてやってくれ」

二人は足早に自分の橇へと乗りこんで行った。
伊作が気がつくと、いつの間にか留三郎の服は赤いサンタクロースの服に変わっていた。彼は長い長い子供達の名前を書いたリストとプレゼントの袋をかついで橇に乗りこんだ。

「じゃあ、伊作!俺達も行くぞ!サンタの橇っていうのはな、トナカイとサンタが信頼し合っているほど速いんだ」
「うん!行こう留三郎!!」

クリスマスの夜空にサンタクロースの橇が滑るように走って行く。
中でもその一台は、本当に滑らかに速く飛んで行った。

「うわっ!伊作!!」
「留さああん!!」

たまにぐるぐる回ったり、がくんと落ちたりしながら。







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